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2008年10月24日(金)第4,229回 例会

ニュートリノ物理の進展と日本人の貢献

髙杉  英 一 氏(教育研究機関管理)

会 員 髙杉  英 一  (教育研究機関管理)

1968年大阪大学理学部卒業。’75年メリーランド大学大学院博士課程終了。オハイオ州立大学,テキサス大学,オレゴン大学の研究員を経て’80年大阪大学助手。講師,助教授を経て
’89年同大学教授。’07年より同大学理事副学長。素粒子の理論,特にニュートリノ,素粒子の統一理論,初期宇宙,重力波の研究を行っている。
’08年1月当クラブ入会。

 ニュートリノ物理一般というと余りに広範囲になるので,日本人の貢献ということでお話しします。ノーベル賞を受賞された小柴昌俊先生,次期ノーベル賞の最有力候補とみられながら,今年亡くなった戸塚洋二先生,そして鈴木厚人さんについてご紹介します。

ニュートリノ天文学を創成

 1980年は「ニュートリノ元年」と呼ばれ,私を含め,この年に多くの“物理屋”がニュートリノの研究を始めました。謎だったニュートリノの質量を確認したという発表がロシアからあり,皆が色めきたったわけです。これは結局間違っていたのですが……。

 「陽子が崩壊する」「ニュートリノに質量がある」という素粒子の統一理論の予言もありました。陽子と中性子が原子核を作り,それが原子を作ります。ですから陽子は原子のもとということになります。ところが,その陽子が崩壊するという理論ができたのです。

 ニュートリノは原子が壊れるときに出てくるもので「中性で軽くて及ぼす力が弱い」という意味で,(1930年に)パウリが提案し名づけたものですが,最初はなかなか確認出来なかった。その存在は何十年もかかって証明され,3種類あるということも分かったのですが,どのぐらい軽いのか,質量を持っているのかが全く不明だったのです。

 小柴先生はニュートリノ天文学の創成ということでノーベル賞を受賞されました。万古変わらないものと思われてきた宇宙が,実はものすごく変動しており,その中の一大事象,超新星の爆発からのニュートリノを見つけたというのが受賞理由です。

 超新星の爆発というのは,ほとんど何もなかった(星があった)ところに突然大きな光が発生し,どんどん広がっていく現象です。光は表面から出てくるので,中の様子はなかなかわからない。しかしニュートリノは中のほうから貫通してやってくるので,光が見えたよりも前に来ているはずだと考え,一生懸命巻き戻したのです。10時間以上も巻き戻して,決定的データを得ました。

 小柴先生が実験のために作ったカミオカンデという装置は神岡鉱山の中にあります。装置の中には水がたっぷり蓄えられ,その周りに光を感知する光電子増倍管を張りつけて,中で発生する光を観測する。ニュートリノが水中の電子とぶつかった際に発する光を,増倍管で見るという方法です。最初は陽子崩壊を見ようとしたのですが,見つからなかったので方針転換し,太陽からのニュートリノを観測しようとした。そのために装置を改良しておよそ1カ月後に超新星の爆発が起こった。強運です。

カミオカンデを大型化

 戸塚さんはカミオカンデをより大きい装置,スーパーカミオカンデにして観測しました。

 従来3000tだった水の量を5万tに増やし,反応が起きやすくしました。光を見る目玉(光電子増倍管)も増やし,太陽からのニュートリノを見た。すると理論的に予測された値の約半分になった。太陽からのニュートリノがどこかに消えているということが,かなり確定できた。ただ,原因を特定するには至らなかったのです。

 1998年になって,別の決定的な実験結果が出ました。

 宇宙からやってくる宇宙線はほとんど陽子で,非常にエネルギーが高い。宇宙線が大気にぶつかると,いろんな反応を起こし電子型とミュー型という2種類のニュートリノがたっぷりできます。ニュートリノは平気で地球を貫通するので,上方から来ても,下方から来ても量は変わらないはずです。ところが,ミューニュートリノは,上方から来るときの量に比べて,下方から来るときの量は半分に減っていることがわかりました。つまり,地球を貫通している間に半分消えていたのです。この発見が,戸塚さんがノーベル賞の有力候補と言われた理由でした。

 高エネルギー研究所の加速器でミューニュートリノをつくり,カミオカンデに向けて発射する実験で,神岡までの間で一部が消失したことが確かめられた。ニュートリノが別のニュートリノに変わる,振動と呼ぶ現象が起こったと考えられます。これはニュートリノが質量を持っている証拠になるわけです。

地球の断層写真に可能性

 鈴木さんはカミオカンデがスーパーカミオカンデに引っ越した跡を利用して,観測装置を入れて,神岡の近くの柏崎原発からのニュートリノを観測しました。原子炉ではウラニウムやプルトニウムに中性子が吸い込まれ核分裂を起こし,電子ニュートリノがたっぷりできる。原子炉で発生するニュートリノが神岡に到達するまでに予想される値より減っているということから,振動現象を確認しました。これで,太陽からのニュートリノの問題に決着が付きました。

 同時に地球の中から来るニュートリノも観測することができました。

 地球に地熱がある原因はまだわかっていないのですが,一つに地球ができたときに熱かったのが,冷えている過程にあり,それが地熱の半分ぐらいを占めると考えられている。あとの半分は,ウラニウムやトリウムなどの放射性物質が崩壊するときの熱だという考え方です。それならば,そこから出たニュートリノが検出されるはずだと考えられます。本実験で世界で初めて地球内部の熱の原因となっている崩壊に帰因するニュートリノを見つけました。

 地球内部の探索は,ボーリングで4-10㎞,マグマを調べてもせいぜい100㎞。一方,ニュートリノを使えば,地球の断層写真ができるかもしれない。そのきっかけになる成果を得た点が,高く評価されているのです。