大阪ロータリークラブ

MENU

会員専用ページ

卓 話Speech

  1. Top
  2. 卓話

卓話一覧

2008年5月30日(金)第4,209回 例会

ビジネスに生かす礼法のこころ

小 笠 原 敬 承 斎 氏

小笠原流礼法
宗家
小 笠 原 敬 承 斎 

東京生まれ。小笠原忠統前宗家の実姉・小笠原日英門跡の孫。聖心女子学院卒業後,英国留学。’96年に700年の伝統を誇る小笠原流礼法で初の女性宗家に就任。各地で講演や執筆活動。

 礼儀作法とよく言われますが,礼儀というのは,相手の人とどういうふうにしたらいいコミュニケーションが図れるかという,まずご自身の心に働きかける部分が礼儀です。ただ,その心に思っているだけでは,相手にその気持ちを伝えることができないので,作法,つまり形を通じてその相手に対する心をあらわしていくということです。作法が先なのではなく,「常に相手の人をおもんぱかる心が先である」というのが礼法の根底にあるというところを,改めまして皆様にはご理解をちょうだいしたいと思います。

相手を思い,自己を抑制

 ビジネスマナーでもよくお話をしますが,第一印象というのはやはり昔も今も大事です。現在でも企業研修では,「第一印象は長くても15秒程度で決まってしまう」というふうに言われています。その第一印象を構成する大きな柱は「身だしなみ・基本動作・言葉づかい」の3つです。

 昔は,洋服ではなくて着物ですが,この着物の色について,男性が最も似合う着物というのは白帷子,つまり白い着物であるということが古文書に書いてあります。どんなにきらびやかな着物を着ていたとしても,その人の内面から輝く素敵な雰囲気がなければ,その人はやはり輝くことができないということです。つまり,何もない無地の白い着物を着ていても,自分の心に自信があれば,その内面から引き出てくる魅力でその男性が輝くという武士の潔さと,そして,自分に対する誇りというようなものから男性は白い着物が一番似合う,と説かれています。

 さらに,着物の紋に関して,「身分の高い人ほど小さくするのがいい」と書いてあります。地位の高い人はその人の顔を見るだけで,どなたかがわかる。しかし,後姿はもしかすると背格好の似た人がいた場合に間違えてしまう可能性があるので,後ろに小さな紋をつけておけばいい。つまり,「慎む」ということが重要視されていたことが,古文書から読み取れます。

 この日本の文化の非常に大きなキーワードが,この「慎む」という気持ちと,「察する」という気持ちではないかと思うのです。古文書を読めば読むほど,「相手をおもんぱかるために,まず自己を抑制しておく」ということがいかに求められていたか,ということが読み取れます。

左手を右手の上に重ねる

 さて,みなさんは手を重ねられる場合に,右手と左手,どちらを上にして重ねますでしょうか。もちろんどちらでも結構なんですが,その一方で,「作法にはすべて理由がある」というところがとても大事なところです。

 というのは,よくマニュアル化と言われますが,私どもが目指すのは,「マニュアルをしっかりと身につけた上で,それを応用していく」ということです。そのためには,「こうでなければならない」の前に,「なぜそうであるか」という理由がすべてのマナーにあるというところを理解しておけば,その最終的な答を忘れても,自分の判断で動くことができるのではないかと思うからです。

 なぜ昔の武士は,手を重ねるときに右手を上ではなくて左手が上か。武士が武器を握るというときには右手で刀を抜くわけですから,右手がすぐに動ける状態であるということは,相手をすぐ切りつけてしまう可能性があるということです。ですから,その右手が動かないように左手で上から封じ込めておくということが,相手に敵意がないということを示すことと同じなのです。

 これは海外も同じで,握手をするというのは,自分の手の中に武器を隠していないということを最初に示すためです。そして,握手をした後に少し上下に揺らされると思うのですが,なぜ揺らすかというと,手の中だけではなくて,自分の体の脇にも武器を隠していませんということを示すために,握手をするときに少し揺らすわけです。

名刺は差し出すときこそ

 私どもがまず名刺を受け渡すときには,相手から受け取るものだけを大事にするのではなく,差し上げる名刺が自分自身であるということを心得なさいとよく申します。というのは,名刺の角が汚れていたり,折れていたりしていることに気付かず相手に渡すことは,つまり身だしなみが整っていない自分自身を相手に渡してしまうことと同じです。まず,名刺を自分自身だと思って渡しなさい。そして,受け取ったときに大事なことは,相手のお名前に指が触れないようにすることです。

 もちろんご室町時代に名刺は存在しないのですが,お手紙が送られてきたときに,相手の名前,あるいは自分の名前をどういうふうに扱うかということが,「書札の次第」という手紙の作法の中に細かく説かれています。その中に,もしも自分よりも上の立場の人からお手紙が来た場合には,絶対にその人の名前に指が触れてはいけない。もしも自分の上司宛にお手紙が来たときに,その上司よりも上の立場の人から手紙が来たときには,その上の立場の人のお名前には絶対に指が触れず,失礼ながら自分の上司の名前には指がかかってもそれは仕方がない。

 つまり,やはり相手の名前も,ただ名前がそこに書いてあるだけではなく,相手そのものとして受けとめるということです。そのように理由がわかると,片手で名刺を受け渡しするということがなくなって,丁寧に扱おうという気持ちが出てくるのです。

 最初のうちは皆さん非常にぎこちない動作をするのですが,堅苦しい,あるいはぎこちないからといって途中で止めてしまうと,やはりそれで終わってしまうのです。何とか自分の中で克服してそれを自分のものにしていこうと努力すると,あるときからとても自然で美しい動きに変わってきます。ですから,ぜひ皆様方も,周りの方々に日本の礼法の心というものをお伝えいただければ幸いです。