1953年生まれ。’76年東京大学法学部卒業,同年日本銀行入行。前橋支店長,業務局長,考査局長,金融機構局長を経て’06年から大阪支店長。’06年に当クラブ入会。
世界経済に今存在しております幾つかの問題のうち,ご関心の高い金融の話についてお話します。
いわゆるサブプライム住宅ローンの問題は,確かに国際金融資本市場の混乱の1つの原因ではあると思いますが,その原因のすべてということではないようであります。むしろ,この問題が契機となってより広範な問題が表面化したということではないかと思います。
2002~03年ごろから2007年の半ばまで,金融面で長期金利はかなり低下しました。株価は新興国の株式を中心にかなり上昇し,そして,全体に金融資産の価格の変動幅が大変小さくなり,大変取引がしやすい状況になって金融資産の取引が大きく拡大した時期でありました。そうした中で,種々のリスクプレミアム(金利に上乗せされるリスクに見合った利幅)が趨勢的に小さくなっていきました。その中で,世界の投資家は,運用利回りを確保しないといけませんので,より高いリスクをとって高い利回りの資産に投資をするということで,投資対象を徐々に広げていったということであります。
こういう「利回り追求」型の投資というものの対象は,例えば新興国の株式などいろいろなものがあるわけですが,その受け皿の1つになったのが,昨今問題になっておりますサブプライムの関係を含めた「証券化商品」にあったということであります。
銀行など資金の貸し手が貸し出しますと貸出債権を保有するわけですが,それを幾つかまとめて,それを見合いに新たな証券を発行し,投資家に売りさばく。証券化商品は,そういう仕組みであります。
貸出債権をまとめますと,リスクの分散効果が出てまいります。そういう証券化をすることで,投資家のリスクの選好の度合いに応じた多様なリスクと利回りの商品をつくり出すことができる。そういうメリットがあるというように言われております。
例えば,サブプライムローンは,非常に信用力の低い個人に対する住宅ローンですが,そういう債務者に対する貸出債権でも,これを十分な数を集めてまいりますと,すべて同時に債務不履行が起きるわけではありませんので,一定の比率までは非常に返済の確実性が高い,格付けの高い証券をつくっていくことができることになります。その代わり,その残余につきましては,貸出債権よりもリスクが高い,いわば格付けの低い証券として売っていくということになるわけです。
こういう金融のビジネスモデルは,組成販売型のモデルと言われています。昔の金融機関の仕事というのは,貸し出して,それを満期まで保有しているということだったわけですが,最近では,証券化商品を組成して販売するという仕事に変わってきております。こういう金融仲介システムは,投資家のリスク選好度合いに応じて商品をつくることができますので,いろいろな投資家をマーケットに呼び込むことができる。また,証券化によってリスクが分散されますので,金融システムの安定性を高める方向に働くのではないかと,従来言われておりました。
今回は,その証券化商品の裏付け資産のごく一部であるサブプライム住宅ローンの延滞増加を契機に国際金融市場全体を揺るがすようなことになったということであります。
その背景を3つほど説明します。第1は,この組成販売型の金融仲介システムにおいて,リスクの適正な評価や,それに基づく価格設定という市場の最も重要な機能が,十分働いていなかったのではないかという疑念が生まれてきたということであります。第2に,証券化商品の評価額が下がって,評価損がふえると,金融資産の市場流動性を低下させ,あるいは投資家の手元流動性を縮小させるというようなことにつながっていったということであります。結局,その影響は証券化市場にとどまらないで,一般の社債市場や株式市場など,国際金融市場全般に広がっていったというわけです。
第3に,証券化によって,銀行はいったん貸出資産をバランスシートからはずすわけですが,そのはずしたリスク資産が証券化市場の混乱の過程で再び銀行のバランスシートに組み戻される格好になったということです。
不良債権処理というのは,私どもも十数年いろいろ苦労してきたわけでありますが,結局のところ,その資産価格を適正に評価をし直して,それに伴う損失処理をし,必要があれば資本を調達して補うということに尽きるわけであります。金融市場の機能の低下,それから金融機関の融資スタンスの変化が,欧米の実体経済にどういう影響を与えていくかということはまだ不確実であるだけに,よくよくわれわれは見守っていかなければいけないポイントだと思っております。
最後に,日本経済と私どもの金融政策面の考え方についてまとめますと,日本の景気の足元はやや減速しておりますが,輸出を基点とするその拡大のメカニズムは維持されるというように考えております。先行き物価が比較的安定している中で,息の長い成長を続けていける可能性が高いのではないかというのが,現時点での私どもの見方であります。
ただ,海外経済や国際金融市場の動向,エネルギー・原材料価格の動きについては,やはり大きなリスク要因でありまして,こういう点を注視していかなければいけないと思います。したがって,金融政策運営については,いろいろのリスク要因についてもきちっとチェックをしながら,できるだけ経済の実態をしっかりと把握をしまして,それに即した金利運営をやっていくというのが私どもの基本的なスタンスであります。