1948年北海道生まれ。学習院大学法学部卒業。コングレスオーガナイザー,出版社,シンクタンクを経て現在「XiangLe(シャンルウ)中国茶サロン」主宰。著書・監修に「中国茶図鑑」「中国茶めぐりの旅」「初めての中国茶」など。中国国際茶文化研究会栄誉理事,同会認定「中国茶アドバイザー/インストラクター」日本事務局代表。
お茶のルーツはすべて中国に行きます。私たちが普段飲んでいる緑茶も,世界中で飲まれている紅茶も,中国から世界に広まりました。本日はお茶を通して,中国と台湾で今起きていることをご紹介したいと思います。
2005年,中国の新聞に,20gのお茶が19万8000元,約285万円で落札されたという記事が載りました。福建省の武夷山というユネスコ世界遺産に登録されている山奥の岩場に生えている,たった4本の茶木から採れます。「大紅袍(だいこうほう)」という伝説的なお茶で,烏龍(ウーロン)茶の仲間です。
武夷山には,岩場に穴を掘って死んだお坊さんを祭る風葬の習慣があります。茶の名の由来の一つとして,病気になったお坊さんがこのお茶を飲んだらいっぺんに治った,それで,袈裟の中で一番位の高い紅の袈裟を木に掛けて感謝したという逸話があります。
年1回,1~1.2㎏しかつくられませんでした。半分を北京政府,4分の1を武夷山市に納め,残り4分の1が木を管理している茶葉研究所の保有になります。それが05年,上海であったお茶のフェスティバルでオークションにかかりました。武夷山の特集だったので,記念したのだと思います。北京のお茶市場が落札しました。たった20g。普通の小さな器で4回分。大胆に入れると2回分しかありません。誰が飲んだのか興味があります。
武夷山には同じタイプが300種類ぐらいあり,おいしさは,その中でいくら頑張っても2番目か3番目。やはり希少価値と伝説で,どうしてもこのお茶が欲しいとなるのです。
この話には前段があります。1999年に20gが約250万円で買われたのです。香港の愛好者が茶葉研究所の所長に「何とか手に入らないだろうか」と毎晩電話してきた。困った末に,諦めさせようと思って付けた値が250万円。「それで買う」と言われ,売らねばならなくなった。本来売ってはいけないものなので,闇から闇に。香港の方,飲んだのか,まだとってあるのかわかりませんが…。
「大紅袍」は中国で,たばこ大の箱に20~25g入って,600円ぐらいで結構売っています。お買いになるのは自由ですが,本物とは違います。枝分けして今6代くらいまで来ていると思いますが,同じ名前でも,ひ孫くらいになるとそのくらいまで下がる。大量につくられて一般市場に出ています。
06年以降,「大紅袍」の本物を持っているという人がいたら,怪しんだほうがいい。と言うのは,05年の収穫が800gくらいに減った。300年を超すといわれる茶木です。大分弱ってきたので摘むのをやめているんです。
代表的な緑茶に,浙江省杭州の「龍井(ロンジン)茶」があります。杭州は西湖がある風光明媚な南宋の都。マルコポーロも元の嘱託になって1年間住んだと言われています。
清朝末期に西太后が,龍井の一番古い畑に自分用の茶木18本をつくらせました。春に摘んで,清明節の4月5日前後に北京へ届けさせたのだろうと思います。98年秋に杭州でお茶の催しがあり,その18本から翌春摘む「龍井茶」をオークションにかけました。50g約5,000円で落札されました。勇気が要ります。霜が降って芽が傷むと摘めないのですから。
やはりお茶は,歴史的に見ても,非常におカネが好きなのです。
例えば,アメリカ独立戦争の発端になったボストン茶会事件。アヘン戦争も,イギリスが,清から輸入した高価なお茶の代金をアヘンで決済したことがきっかけでした。清が負けて開港された上海は,この戦争がなければまだ小さな漁村だったかもしれません。今日のあの繁栄は,アヘンで決裁したイギリスのおかげとも言えるかと思います。
台湾で,20年ぐらい前の景気が良かったとき,「プーアル茶」バブルがありました。やせるお茶として皆さんご存じかと思います。元々雲南でつくられ,香港で一般的に飲まれています。年代を置くと価値が出るお茶でもあります。平丸型に固めるタイプで餅茶と言い,1枚が300~350gあります。これが例えば20年物だと1枚20万円,30年物だと30万円で,タイ,バンコク,シンガポ―ル経由で入ってきました。経済が少し悪くなって沈静化しましたが,2年前の秋ころから徐々にまた上がり始めています。中国本土では,年代物でなければ1枚数千円で買えます。
私が手に持っているのは,お椀型に固めた茶です。現存する飲める茶で一番古いと思います。1940年代は確実。80年くらい経ているかもしれません。台湾のお茶好きなら,50万円くらいは優に払うだろうと思います。
お茶はおカネが好きで,お茶におカネが集まってくるのですが,逆も言えるかもしれません。余裕がなければ,いくら文化の息吹でお茶を愛好しても,おカネを払えないでしょう。中国の経済成長が著しいのも,こういう中から見ることができるだろうと思います。お茶とおカネと,どちらが先にクラッシュするか。どちらの方が逃げ足が早いか。
お茶好きは,中国でも日本でも言います。「お茶だけは好きになるな。身上をつぶす」と。私はその道を突き進んでいます。
お茶というのは1500年,2000年飲み続けられている。消えていかないという不思議さがあります。お茶におカネのにおいを感じるのは無粋かもしれませんが,それが国,地域の経済,その成長の勢いといったものを見る一つの尺度かなという気もします。きょうはまったく生臭い話でしたけれども,ぜひ中国茶も,ご愛飲いただければと思います。