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2007年7月27日(金)第4,170回 例会

絵を楽しむ

土 井  洋 三 君(美術品販売)

会 員 土 井  洋 三  (美術品販売)

1944年生まれ。’67年同志社大卒業後,東光商事(株)入社。’69年(株)梅田画廊取締役。’81年梅田美術貿易(株)設立。’94年(株)梅田画廊代表取締役社長。’85年入会。RAC(長),S.A.A.,趣味の会(長)など。

 絵を楽しむには「見て楽しむ,買って楽しむ,描いて楽しむ」の3つがあります。程度の差はあれ,どなたにもできる3つです。

20歳で米欧に武者修行

 私は20歳,大学2回生の夏前に,父母に頼んで米国へまいりました。母は「1年後には帰ってこい。青い目の嫁さんだけは連れてくるな」と言いました。父は「どこへ行ってもいいから美術館だけは見て来い」と。おおらかな両親と申しますか,好きなことをさせてもらえる環境でした。

 ニューヨークを中心に半年余りおりましたが,新聞に「8億円の絵をメトロポリタンが買った」と出ていました。1964年ですから,まだ外貨もろくに持ち出せない日本の青二才が,8億円と聞いて早速美術館へまいりました。ヒゲモジャのおやじがドクロの上に手を置いている真っ黒けの絵でした。「何でこんな絵が8億円もするのだろう。私ならいらないな」というのが率直な感想でした。レンブラント「アリストテレス」でした。

 半年ほどで欧州へ渡りました。英国,北欧と回って,パリに着いたときはなぜかホッとしました。おふくろの元へ,恋人の元へ戻ったような,穏やかな気持ちになりました。

 皆さん,海外へいらっしゃったら結構,有名な美術館巡りをなさいますが,片っ端から順番に見ようとなさいます。しかし,ああいう見方は一番疲れるし,何も残らない。

 とりあえず部屋の真ん中で静かに周りを360度見回して,これはいいなという絵がなければ次の部屋に行く。10室も見ればその中に気に入った絵が1点や2点はある。そこで初めて,その作家について知る。観光客の場合は「モナリザ」とか「ゲルニカ」だけを見にきたという人が多いのですが,ああこれがダ・ヴィンチかピカソかというような見方をしても何も残らない。自分の好きな絵がたまたまダ・ヴィンチであれば,すごい出会いでしょう。美術館というのは本当に好きな絵とめぐり会うための場所だと思います。

踊り子が話しかけて来た

 スライドを見ながら,話を進めます。20歳の時に赴いたパリで,一枚の絵と出会います。その絵を見たとき,踊り子が私に向かって「こんにちは,土井さん。今,バレエ終わったとこよ。見てくれた? 私,きれいだった?」と言うのが聞こえるような気がしたのです。私は不動金縛りといいますか,気がついたら数十分たっていました。それがドガの作品で,大変な画家というのが後でわかるのです。こんなに心を震わすことができる絵というものの力はすごいと感じたのです。

 次は,40歳のころにロンドンで出会った14世紀の作者不明の作品。パネルが2枚あって,その右側の,天使とキリストを抱くマリアの絵ですが,この天使たちとマリアの顔の表現がほとんど同じで,ただ,後ろに天使の翼があるかないかの違いです。一人ひとりに表情があって,品がよくて。今でも一番好きな絵はと言われればこれを挙げます。

 最後は,ドーミエの「ドン・キホーテとサンチョ・パンサ」。若き女性を助けるためには風車に突っ込んでいって大けがするような誇り高き男の心が描けていると思います。このドン・キホーテと私,独りよがりで高慢で,いいと思ったことは絶対にいいんだ--何か似ているような気がして。50代,60代,特に3年前に(家内を亡くし)独りになってからこの絵がわかるようになりました。

絵はもらうものじゃない

 25歳で結婚しましたが,画商の父の関係で,日本を代表する絵描きさんたちから絵をいただきました。私はその絵を全部売ってしまいました。好きな絵が1,2枚あったけど,絵というのはもらうものじゃない。全部売って,同じ作家の自分の気に入った絵を買ったわけです。これは自分の甲斐性で買い,テイストで選んだということになります。

 これは,マリノ・マリーニの「馬と騎士」1952年。1980年頃,この絵が日本にまいりました。輸入したのが私の義理の兄。それが日本から出て,2005年頃米国のオークションでこの絵に出会いました。3万ドルか4万ドルで買いました。それが,ロンドンのオークションにぜひにと言われたのです。500万円で買ったからそれ以上ならと言ったら2,000万円で売れてしまった。

 次は,ピカソの「テレサ・ブラスコの像」1899年。マラガで生まれ育ちパリで活躍するのですが,これはマラガ時代,まだ18歳のころの作品で,お母さんの里の姪御さんを描いた作品です。去年の6月にヨーロッパで買いました。絶対に売らないと言っていたのですが,今年4月の「アートフェア東京」に,副社長が貸してしまった。初日に来た人が「幾らでも買います」と言うから,買えないだろうと思って「3,000万円」と言ったら「安い。すぐ買います」。こういうのは,画商としても身を切られるように辛いのです。「この絵を日本から出すなら私が買い戻す」という約束で今,東京にあります。

 絵というのは何十年たとうが消費されませんし,消えません。火事が一番恐いですが。買って楽しむ,そして,それを転売して楽しむということもPRしてしまったので,先ほどニコニコ箱に寄付させていただきました。

 「描いて楽しむ」だけは省こうかと思っていたのですが。6月に欧州各地のアートフェアにまいる機会がありました。何千という絵を見るわけですが,その後の気分転換にこれまでは一杯飲んで過ごしていたのが,今は30分あれば水彩絵の具を出します。

 私の絵3点。お恥ずかしい本邦初公開。ベニスで描きました。これはベニスのサン・マジョーレ。その向い側に見えるのが大聖堂。ヨットハーバー。ハリーズバー,ドライ・マティーニのおいしい店がその右角です。