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2007年5月18日(金)第4,160回 例会

胡錦濤総書記の権力掌握度と日中関係

杉 本  孝 氏

大阪市立大学大学院創造都市研究科
都市ビジネス研究分野
教授
杉 本  孝 

1974年,東京大学法学部卒業後,新日鉄入社。主に中国関連ビジネスを担当。出向した財団法人・世界平和研究所では,対中国政策の立案に従事する。'95年に同社退社後,東京大学大学院経済学研究科を修了し,ハーバード大学フェアバンクセンター客員研究員,新潟産業大学教授などを経て,2003年から現職。

 中国側から見て,日中関係の決定要因というのはどういうものがあるでしょうか。まず,指導者の心的態度が親日的か反日的か,これはかなり大きな影響を及ぼします。2番目に,日中友好の戦略的優先度。1番目に,指導者の権力掌握度。4番目に,中国国民の対日感情。5番目に,政府の国民感情統制力です。

公開映像から見る権力バランス

 指導者の心的態度について, 小平は親日的,胡錦濤もそうですが,江沢民は反日的だったというふうに言われます。

 胡錦濤は2005年にジャカルタで小泉純一郎首相(当時)と会談したときに,「高膽遠矚(こうせんえんしょく)」という立場で対日関係を総括しています。「高い立場から遠くを見て判断する」という意味です。胡錦濤は,戦略的に日本との友好関係を維持することが必要だという立場に立っています。

 権力の掌握度を何に判断するかと言いますと,指導者間の関係をあらわす公開映像ですとか,反対勢力の示威行動と考えられる事件などから判断します。

 2002年11月に現在の中国の指導部が選出され,新旧総書記が写った写真では,江沢民が非常に晴れやかな表情をしています。胡錦濤もある程度晴れやかです。それに比べ,その半年前の人民代表大会が開かれたときの写真では,江沢民の顔が非常に緊張しております。朱容基と李鵬はもう引退が決まっていました。この2人はもう自分は関係ないわという顔をしています。胡錦濤はナンバー5で,端のほうで,自分が権力をちゃんと渡してもらえるまではおとなしくしていようというような顔つきです。

 反対勢力の示威行動の事例ですが,1996年,江沢民が台湾の総統選挙のときに人民解放軍がミサイル演習を実施しました。このときは

 小平が死ぬ1年前で,彼が死んだら必ず権力闘争が起きるというのを見越して,軍が主導権を握ろうとした。そのために江沢民に事前に連絡せずに強硬な演習を計画し,直前に発表したときには江沢民は仰天して,声高に台湾解放を叫ばざるを得なかったという状況だったようです。

揺さぶられる胡錦濤

 政治局常務委員会で胡錦濤の意向が覆されたと思われる事例を紹介します。

 2005年4月に北京や上海で反日デモが起き,一部が暴徒化しました。その直後ですが,呉儀副総理が小泉首相との会談をドタキャンしました。前日の5月22日に,胡錦濤は武部・冬芝与党両幹事長(当時)との会談で,翌日の呉儀・小泉会談を予定どおり行うということを確認していたのですが,一晩寝たら,それがキャンセル。これは,その数日前に小泉首相が「(靖国神社に)行く,行かないは適切に判断する」とずっと言い続けていたのを,「いつ行くかは適切に判断する」と言い直したのです。そのことが非常に問題になり,一晩で胡錦濤の意向が覆されました。

 2006年3月31日には,日中友好7団体を招いて胡錦濤が重要談話を発表しました。直前の26日に,「靖国には触れない」という観測記事が流されました。朝日新聞のスクープです。ところがその翌日,「中国,韓国が靖国参拝にこれだけ激しく批判することに自分は全く理解できない」という小泉首相の談話が発表されました。その結果,31日の胡錦濤の発言は彼としては異例の非常に強い発言をしました。「日本の指導者が靖国参拝をやめる決断をすれば,いつでも会う用意がある」という言い方をしました。これは決断しない限り会わないことを意味しており,江沢民でも言ったことがない強硬な発言でした。その結果,日中友好を謳い上げた予定稿しか送られていなかった駐日中国大使館は,予定していた記者会見をキャンセルせざるを得なくなりました。これも胡錦濤の意向が中央政治局で覆された事例だと思います。

上昇する権力掌握度

 ところが,最近,胡錦濤の権力掌握度がだんだん上昇していると判断できる事項が幾つかあります。2006年9月,上海市書記の陳良宇が逮捕され,その直後に安倍首相の訪中受け入れを行った。陳良宇は,政治局の委員で,中国共産党トップ24名の1人です。江沢民の系列の実力者でした。

 9月22日に,谷内外務事務次官が戴乗国外交部次官と安倍首相の訪中について協議しましたが,双方譲らず話し合いは決裂しました。ところが,そのことを23日に胡錦濤に報告した結果,陳良宇逮捕が24日に決定され,25日に実行する際,上海市の武装警察を動員するのは危険だということで,江蘇省の武装警察を動員して逮捕に踏み切った。そのくらい上海が独立王国化していたということですが,これによって党内は震撼しましたが,誰も異を唱えなかったのです。江沢民一派に対する胡錦濤の弾圧が始まった,弾圧できるような力がついてきたということだと思います。それによって靖国に関し何の条件もつけずに,26日に安倍訪中を受け入れる決定を行ったわけです。それまで,指導者が靖国参拝しないと表明しなければ会わないとの立場を全く棚上げして,「行くとも,行かない」とも言わない,「行ったとも,行かなかった」とも言わないという日本側の立場をそのまま認め,安倍訪中を受け入れた。これ自体が,かなり今までと違う。胡錦濤の意に沿った対応になってきているということです。

 胡錦濤の権力掌握度はかなり上がってきているというふうに私には思えます。今年10月の代表大会で,次の指導者にどういうメンバーが選出されるかということで,その完成度が見られるというふうに考えております。