1950年生まれ。'73年九州大学理学部卒業。'79年同大学院博士課程修了。'99年より兵庫県立大学教授兼県立コウノトリの郷公園研究部長。専門は動物生態学,環境保全学。著書「哺乳類の生態学」「タヌキはぼくらのたからもの」「生態学から見た野生動物の保護と法律」など。
兵庫県立大学に来て8年目に入ります。私は大学を出てタヌキの研究をしていました。タヌキ好きの仲間が「日本たぬき学会」をつくっていて,本部は阿波の狸合戦の徳島・小松島。私はその会長で,映画「平成狸合戦ぽんぽこ」の監督,高畑勲さんが名誉顧問です。前置きはさておき,いよいよコウノトリの話に移ります。
コウノトリは羽を広げると2メートルにもなる鳥ですが,体重は5キロ程度です。平成17年のコウノトリ放鳥の写真は,秋篠宮殿下と妃殿下のご懐妊報道のとき,あちこちの号外に出ました。
放鳥したコウノトリのなかには,大阪を訪問したものもいます。兵庫県豊岡市のコウノトリの郷公園から宮津,天橋立を通って南へ。大阪に来て北上,丹波を通って戻ってきました。宮津から島根へと飛行距離550キロを1週間で往復したり,淡路島,小松島から岡山へ,倉敷市から,鳥取砂丘に行って戻ってくるものなど,飼育されたコウノトリがこれほど飛ぶとは思いませんでした。また,みんなコウノトリの郷公園に戻ってきています。
通常,絶滅の危機に瀕した生き物を保護するには,その生き物を飼い,増やし,放してやろう,そして環境をつくってやろうと考えます。コウノトリの場合,豊岡では,田んぼでフナなどを食べる。その意味で,コウノトリは「田の生き物」と言っても構いません。
貴重な野生動物を保護するには,環境,景観を整えます。しかし,田んぼは人間がつくるお米の生産の場です。ですから,農業をやる方がいないといけない。その農業の現場で高齢化が進んでいます。コウノトリの野生復帰の真髄は,地域社会,今は「限界集落」という言い方もありますが,こういう地域社会をどうやって再生するか―にあるのです。
私たちは,コウノトリ野生復帰推進計画をつくっています。その中に必ず副題があります。「コウノトリと共生する地域づくりを目指して」。生き物を元に戻すだけではなく,地域社会をつくるには皆でやらねばならない。皆が参画して当事者になるのがコウノトリの野生復帰なのです。
どうしたら皆が参画できるのか。兵庫県では地域ごとにビジョンをつくっています。但馬はコウノトリの郷を目指すビジョン。これに沿って県のシステムも変わりました。農業関係なら,土地改良事務所,農林事務所,普及センターの3つが1つの単位で,県庁の担当課につながっています。ビジョン推進のため県は3事務所を県民局の地域振興部に一緒に入れ,担当参事を置き,予算要求も可能な限り一本化できるようになりました。
もう1つは,最近よく聞く合意形成という言葉です。さまざまな人がおれば,そこには対立の構造もできてしまいます。とりあえず皆がテーブルにつき,学識者も,住民も,企業も,行政も,皆が野生復帰のためにすることを出し合い,やわらかくつながるネットワークから合意形成をしていこう。
私はこれを「共犯者づくり」と思っています。合意したときには,そのことで迷惑をかぶっても,自分が意思決定に参加していますからノーと言えないのです。しょうがない,となります。
一番大事なことは,皆で一緒にテーブルにつき,連携し合って話し合うことです。そういう意味で,合意形成をするときのグループづくりは,非常に重要です。
こうした取り組みの成果の1つは農業です。田んぼに魚が増えるように,と考えると,魚道をつくり,農薬を使わない農業への資金援助,冬期に田んぼに水を張る補助金などという施策が出てきます。結果,コウノトリを育む農法という形で,農薬を使わないコウノトリのお米ができます。今,そのお米は手に入れるのが難しいぐらいの人気です。
そういう農業ですと,生き物にあふれた田んぼに子どもたちが戻ってきます。子どもたちが魚をすくい,それを見たおじいちゃんが喜ぶ。こうした後継者不足への解決の一助という副産物もあります。
田んぼは,お米だけではなく,いろいろな価値を生み出してくれるということがわかってきました。
さらにコウノトリの郷公園の入場者がすごく増えました。カニや但馬牛のツアーのついでに公園に寄るパターンですが,平成12年は年間10万人ぐらいだったのが,平成17年には25万人,昨年は42万人になりました。入場料は無料ですが,1人1,000円なら4億円以上の商売になります。
今,地ブランドが流行していますが,豊岡では大変なことだろうと思います。それでもさまざまな試みが始まっています。例えば,里山とコウノトリの暮らしの絵本「こうのとりのカータ」です。
さらにコウノトリからは,もっと大きな恵みを得ています。コウノトリのえさ,アジは年間3,500万円。この50年間で保護のために,66億円かけて県が土地を買ったり,施設をつくっています。えさを供給する地元の会社,研究所関係の人件費など,コウノトリによって地域が潤い,雇用が生まれます。そして環境がよくなる。豊岡が地域の誇りを獲得しましたし,持続可能な環境と共生する社会,そうした社会をつくること自体も,非常に大きな恵みであることに気がつきました。
コウノトリと住民の共生には,50年間が必要でした。今後は,環境にやさしい21世紀の時代をきちんとつくるという豊岡モデルを研究のベースにすることが,私たちの責任だろうと思っています。