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2006年2月24日(金)第4,104回 例会

都市と農村の共生
~田園都市の形成に向けて~

沢 田  敏 男 氏

平成17年度文化勲章受章者
元京都大学総長
沢 田  敏 男

1919年5月三重県伊賀市生まれ。'42年京都帝国大学農学部農林工学科卒業。'50年京都大学農学部助教授,'55年同大学農学博士,'59年同農学部教授。'79~'85年京都大学総長,'85年名誉教授。'86~'95年日本学術振興会会長。'89年日本学士会員,'94~'01年国際高等研究所長。
 主な受章:日本農学賞・読売農学賞,文化功労者,'05年文化勲章受章など多数。また,「水利施設工学」・「ダム計画設計基準」「美しいダムと水環境づくり」等著書も多数。

 本日は私が約半世紀にわたって研究してきたことを映像も使ってお話します。農業生産の基盤づくりは,「人間の生存のための大地(自然)への働きかけ」ととらえることができます。まず,この基盤をなす圃場(田畑),用・排水路,貯水ダム,頭首工(河川の流水を用水路に引き入れるための施設)等の整備状況について,次に基盤づくりのための科学技術,われわれは「水土の知」と呼んでいますが,その進歩について概観します。最後に農村と都市の共生による田園都市の形成,これを21世紀に追求すべき課題と考えておりますので,そのお話をしたいと思います。

田園平野における動脈・静脈

 わが国平野部のかんがい用水路,排水路は,人間の動脈・静脈のような役割を果たし,美しい水環境づくりに貢献しています。その歴史は農業の発達史と同じぐらいの歴史があります。特に水田稲作のために10数世紀にわたって開削されてきた用・排水路の総延長は,幹線・支線合わせ40万km。地球の赤道の1周が約4万kmですから,その10倍です。

 水路以外の農業水利施設は,農業用ダム,頭首工,揚・排水機場など合計約6,700ヵ所,また,古くから築造されてきたため池がおよそ21万ヵ所あります。わが国の主な平野部における水路の分布状況ですが,関東平野の用・排水路を少し拡大してみると,利根川に沿ってたくさんの用・排水路がつくられていることがわかります。ここに利根川の水をとるために頭首工をつくり,水を引っ張って,埼玉,東京の隅田川にも水を落としています。

水土の知の進歩

 「水土の知の進歩」は水,あるいは土が基本になります。農業土木学会では,「新たな〈水土の知〉の定礎に向けて」と題する農業土木ビジョンを策定しています。

 その要旨は「太陽系で唯一生命が生息する地球上で生命が持続可能なのは,水・大気の循環と関連した『物質の循環の原理』が作用しているからである。人類は地球の構成要素のうち生物圈の一員であるが,食料生産を自らの手で行うことで,今や人類圈として特筆できる活動を行うまでになった。人類の生存基盤は農耕をもとに形成され,水と土がその基盤にあることから,生存基盤の維持には,水と土を,生命を律する原理である循環の原理に即して健全に維持していくことが重要である」としています。

 つまり,「水土の知」は,水田稲作農業に深く関わる「水」と「土」と,それを使う人に関する全体を対象とした総合的な科学・技術であると定義しているのです。具体的には,計画学から始まり,計画・設計へのコンピュータ利用,農村環境工学,土の力学,物理学,構造力学,水理学,流体力学,水文(すいもん)学(地球の水循環の研究),農地の造成ならびに整備工学,かんがい・排水工学,ダム工学といった学問で構成しています。

 人類が創造した農業の営みから安全で安定した農村社会が生まれ,さらに人口が増加し発展して都市が形成されました。そして,食料という1次生産産業から2次,3次産業へと分業が進み,近代的社会が形成されてきた歴史的発展過程を考えると,農村と都市の共生とか連携,あるいは協調は当然の姿です。私の考える田園都市とは,高い生産性と美しい田園景観をもつ農業地帯で,かつ都市的利便性や文化度を備えもつ農・市民混住・共生の安心・安全な地域社会です。

 実際の事例を紹介しましょう。大阪府和泉市に光明池があります。堺市を中心に和泉市等4カ 町村に水を分配しており,現在160ヘクタールの農地にかんがいしています。光明池を中心にした水環境をよくして,この周辺の都市との共生を工夫しようという取り組みがなされています。

 大阪府は平成3年から始めた「オアシス構想」で,ダム・ため池を中心に水環境をよくし,その周辺の生活環境に潤いをもたせ,防災的な機能を整備する事業を進めてきました。光明池はその代表です。様々な樹木が植えられ,散策用の道路をつくり,周辺に天然記念物に指定されているナニワトンボ,ハッチョウトンボといった昆虫を観察できる小さな水辺を整備しています。

 兵庫県の加古川では,東播用水農業水利事業で散在していたため池を統合する水利を行いました。その一つが呑吐(どんど)ダムです。呑吐ダムの水がかんがい用に使われ,300ヘクタールの果樹園でブドウや果樹がつくられ,そのブドウで神戸ワインをつくっています。阪神大地震のときには,農業用水をとめて,18万人分の水を供給しました。

田園都市の形成に向けて

 21世紀社会のビジョンは「活力ある福祉社会の建設・実現」です。これを実現するには「科学・技術を振興するための創造の哲学」「資源の温存や環境を保全するための自制・抑制の哲学」の2つが大切だと思います。人類は万物の霊長として欲望や要求を抑え,資源エネルギーの消費を節約する。物心両面にわたり豊かな生活を実現し,維持するには,人と社会と自然が調和した営みが不可欠です。

 元来,農業は人間と自然の接点であり,食料の生産とともに,民族にとってたくましい文化の源泉です。一方,都市においては人口が集中し,高度の産業や教育,文化等が発達して,文化や経済活動の拠点を形成します。この人類社会の両輪ともいうべき都市と農村の共生,田園都市の形成こそが真に豊かな社会,活力ある福祉社会の建設につながると考えております。