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2005年6月10日(金)第4,072回 例会

ITバブル崩壊後のアメリカ経済

地 主  敏 樹 氏

神戸大学大学院経済研究科
教 授
地 主  敏 樹

1959年生まれ。 '78年兵庫県立兵庫高校卒業,'82年神戸大学経済学部卒業,'84年神戸大学大学院経済学研究科博士課程前期課程修了,'89年ハーバード大学大学院卒業。'90年神戸大学経済学部助教授, 2000年神戸大学大学院経済学研究科教授, 現在に至る。
専攻分野は金融論, アメリカ経済論, マクロ経済学。

 ITバブルが崩壊した後,アメリカ経済がかなり素早く回復いたしました。これが非常に日本と違うところです。素早く回復した要因というのは,いろいろな人がいろいろなことを言っているのですが,「家計の富の低下が小さかった」「破綻コストを分散負担した」「必要なインフラが整備済みだった」。大体このようなところに収まるかと思います。

 1つ目は,株とか富の低下もあったのですが,家計全体としてはさほどでもなかった。したがって,消費が非常に堅調に維持された。2つ目は,日本と違った構造的な要因からバブル崩壊後の調整が非常に早かった。3つ目は,マクロの経済政策が非常に適切な政策になされた,この3つぐらいが大きなポイントだと思っております。

見事な金融政策

 さてマクロの政策に入っていきたいと思います。つまり財政と金融のことですが,財政につきましては,ブッシュの息子が大統領になって,非常に大きな減税をしました。1年当たり800億ドル,400億ドル。8兆円とか4兆円というレベルです。非常に巨大な減税が行われまして,ちょうどITバブルが崩壊して景気が落ち込むベストのタイミングで,大きなお金が入ってきました。通常の評価としてはこれがかなり効いたと考えられているわけですが,よく調べてみますと,効き方はあまり良くなかったのではないかと言われています。

 次に金融政策です。アメリカの中央銀行のトップはグリーンスパンという80歳になろうかという方ですが,彼の金融政策の運営は非常に高く評価されてきました。ITバブル崩壊後の金融政策運営は,見事であったと考えられております。非常に急速な金利の引き下げを行いました。2001年の1年間だけで11回,合計で1年間で4.75%引き下げました。ITバブル崩壊後,6.75%~6.5%ぐらいから1.75%まで急激に下げました。この急激な利下げは,今までの金融不安とかバブル崩壊があったときと比べますと,大体倍のスピードです。

高まる満足度

 さてマクロ経済から離れて社会全体の話をしたいと思います。ニューエコノミーとかITバブルの間,アメリカは所得分配がどんどん不平等化したのではないか。だからIT革命に乗った人と乗れなかった人,リストラされた人間と成功した人たちと非常に格差が開いたという見方が強いと思うのです。確かに普通の格差ということでいうと開きました。ただ,アメリカ経済全体がその格差を不満に思っているかというと,アメリカ社会のほとんどの人は,むしろ不満ではなくて満足度は高まっていると思っています。アメリカへ毎年行っていますが,街を歩いている人々の表情とか余裕とかいうものを見ると,そんなに悪くなっているはずがないと思っておりました。

 次に改革の話です。アメリカにはいろいろな弱点があります。1つ目はセフティーネットです。貧しい人たちが本当に落ちていったときに,どこで止まるのかわからない。2つ目は教育,特に公的な教育がボロボロになっている。小学校・中学校・高校クラスの教育が非常に駄目で,大学や大学院だけがいいと言われてきました。それについての改革が1990年代から2000年代,福祉改革はクリントン政権で,教育改革はブッシュ政権で行われました。どちらもまだ日がたっていませんが,私のような経済学者の目から見ると,非常に正しい方向を向いております。

しぶとい米国経済

 ここまでの話をまとめます。ITバブルが崩壊した後,アメリカ経済は非常に早く回復しました。その中心にあるのは生産性の伸びが持続していること,調整規模ももともと小さく,また制度的に調整が容易だった。さらにマクロ経済の政策運営も適切だったということで,非常に素早く回復できました。失敗すれば,日本ほどではなくても長引いてもおかしくなかったと私は思っています。

 ITバブル崩壊後の経済社会についてですが,アメリカでは分配の格差の拡大については,むしろ全般的に生活水準が上がったということで,社会全体の満足度は高まっている。それから,経済合理的なミクロの改革も,アメリカの弱点補強を今やっている。非常に大きいのはIT革命でして,機会の公平性であるとか情報公開,あるいは司法や警察のシステムにお金をかけ,ルールを破った人間を「百罰百戒」,できるだけ捕まえようとこういうシステムを使っています。このシステムの弱点をIT革命が補強しました。さらに,労働生産性の伸びが続いており,もっとほかの経済合理的な改革も行われ始めている。したがって,中期的にアメリカ経済はまだまだしぶといだろうというのが私の評価です。

 中央銀行の議長が交替します。誰になるかわかりませんが,少しマーケットは懐疑的になっていると思いますので,そこで何かショックが起きると金融市場は動揺しやすい。そういったときに,アメリカに対する不安,米ドルを持つということに対する不安が高まって資本逃避が始まると,ドルが下落し,ドルの下落を止めるために利子率を上げられる。利子率が上がるとアメリカ国内の地価は下落する。ここが今一番のウィークポイントであろうと考えております。