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2025年4月11日(金)第4,959回 例会

トラウマ体験と権利擁護~語られない逆境体験と権利侵害~

(一社)office ドーナツトーク
事業責任者
奥 田  紗 穂 
スーパーバイザー辻 田  梨 紗 

事業責任者 奥田 紗穂氏
精神保健福祉士。2013年より「高校内カフェ事業」で,府内の高校でメインスタッフとして活動。また,大阪市平野区委託事業や「small knot」(自主事業)において,個別ソーシャルワークを担当している。
スーパーバイザー 辻田 梨紗氏
精神保健福祉士。大阪府立西成高校で2012年に「となりカフェ」を立ち上げる。徳島在住,現在はドーナツトークのスーパーバイザー。

辻田氏 去年,私たちの事業は大阪NPOセンター主催の社会課題を解決する取り組みを表彰する「CSOフォーラム2024」で大阪ロータリークラブ賞をいただきました。ありがとうございました。

若者の抱えるトラウマをケアする事業

 ドーナツトークはメインのスタッフ3~4人の一般社団法人で,主に三つの柱があります。一つ目は「カフェ事業」です。大阪の府立高校の空き教室に,カフェの形で生徒の居場所を作っています。西成高校と平野区の長吉高校にあり,休み時間や放課後に生徒が集まります。大阪府は高校を中退する生徒の数が少し前までワースト1でした。事業の目的は,中退の予防や中退後に「アウトリーチ」を行うための出会いを作ることです。2校で延べ年3,680人が利用する大阪府の受託事業です。二つ目は「個別ソーシャルワーク,面談対応」です。住吉区,平野区の委託事業と,今回受賞した「Small knot事業」があります。カフェ事業で出会った生徒を個別にサポートします。財源がなく,ほぼボランティアですが大事な事業です。三つ目は「啓発」です。若者の現状を代弁します。
 高校生たちには,例えば食べものがない,保育園に弟や妹を迎えに行く,自分の部屋がない,アルバイト代が親に回収される,制服を買ってもらえない,大学に行きたいと保護者に言えない,という状況があります。彼らの生活環境を理解するには,トラウマの話が必要です。日本人の60%以上は事故や災害を含めたトラウマの経験があります。そこには小児期逆境体験(ACE),権利侵害,トラウマインフォームドケア(TIC)という三つのキーワードがあります。
 ACEはアメリカの研究によると,18歳までに受けた虐待,両親の離婚やDV,家族の物質乱用・精神疾患・服役などの経験が累積するほど,成人してから精神や身体の疾患,不適応行動のリスクが高まります。これらトラウマとなる体験は自分でコントロールできません。トラウマは災害,暴力,深刻な性被害,重度事故,戦闘,虐待などでも起きます。TICは私たちの事業の元となる考え方です。支援を受ける人のトラウマ経験の可能性を考えながら,その人の回復力を信じて支援します。また,支援者がトラウマを抱えることも想定します。
 私たちが出会う高校生はACEやトラウマの影響が複数重なり,絡み合い,自分で動けなくなり,抱え込んでしまい,静かに社会から排除されたり孤立したりしています。ACEを経験した生徒は心身の安全を守られていなかった点で,生きる権利や育つ権利を侵害されていたとも言えます。暴力から保護されず,休みや遊ぶ権利も侵害されています。それらからの回復や社会復帰を援助するのが,私たちのカフェであり,そこでの関係から卒業後や中退以降も関わるのがSmall knot事業です。

カフェからSmall knotへ支援をつなぐ

 ここからは現在,スタッフをしている奥田と対談形式で具体的な話をします。
辻田 ある生徒は幼少期に虐待を受け,最初に作るべき基本的な人間関係を親と作れないままでした。そういった話はカフェで聞きますか。
奥田氏 彼氏やクラスメイトとうまくいかない話を聞いていくと,中学校で仲直りした経験がなく,信頼できる人がいなかったという話が出ることもありました。また小・中学校で先生に話したことを保護者に知られた経験が尾を引くこともあります。
辻田 人間関係がしっかり結べない子は集中力が持続しにくいことが多く,学習しても知識の定着が難しい子もいますね。カフェ形式だと何がよかったですか。
奥田 大抵は自分が何に困っているのかわからず,だるい,めんどう,という言葉で隠してしまいます。でもカフェで話すうちに相談に変わるところが魅力的です。(人間関係が難しい生徒からも)雑談を経て信頼感を得られます。初めは難しくても,時間が勝負です。
辻田 カフェでの信頼関係があると中退後もサポートを受け入れてもらいやすいですね。中退した生徒とどんな関わりをしていますか。
奥田 一度は就労できるものの,続かずに無断欠勤などでドロップアウトしてメンタルが崩れることがあります。そこに私たちがカフェの人として関わり,病院やワークにも誘います。
辻田 長い方で10年目の方もいますが,就労やメンタルの維持が難しい人にはLINEをしたり,会ったりします。ケアに終わりはありますか。
奥田 10年支援した方には,まだトラウマがありますが,やっと自分を俯瞰して見られるようになりました。
辻田 トラウマは自分の言葉では処理ができず,人に話して癒されることもあります。Small knotはカフェで出会った彼らの歴史を聞いて支え続ける,細く長く地味な作業です。

代弁して,権利を守り,選択できるよう

 事業では,彼らが生活困窮やメンタル不調になっても,司法や医療支援など自分からは受けに行けないので,代わりに話に行きます。彼らは正しい知識に触れる機会がなく,友達の情報で関係性や進路を判断してしまいます。いろんなロールモデルを見ておらず,こうあるべきというジェンダー規範も強い。私たちの事業では,トラウマ体験がある人に安全・安心な関わりを結び直してもらい,聞かれる権利や正しい情報をもらえる権利を守り,そして自分でコントロールできる実感を持てることを目指しています。
 ただ,基盤であるカフェ事業は大阪府の予算が縮小され,来年度もできるかわかりません。まず行政との連携が必要です。また奥田のような看護師の視点を持った支援者を増やしたい。そして最大の難関は安定した財源の確保で,大阪NPOセンターと連携していきます。
(スライドとともに)