1987年明治大学商学部卒業。2006年セゾン投信株式会社を設立。’07年4月代表取締役社長就任,’23年6月代表を退任。同年9月なかのアセットマネジメントを設立。
2024年4月より長期投資ファンド「なかの日本成長ファンド」「なかの世界成長ファンド」の設定,運用を開始。公益社団法人経済同友会幹事他,投資信託協会副会長,金融審議会市場ワーキング・グループ委員等を歴任。
私は現在スタートアップの運用会社を運営しております。以前,セゾン投信で16年間代表をしていましたが,株主との対立が解消せず,辞めて今の会社を立ち上げました。もう一回,理想の運用会社を作れる自分は幸運だと思っています。
今日のテーマは新NISA制度の背景にある国家戦略についてです。この制度は岸田内閣の政策で,大変レベルが高い本格的なものです。私は当時,運用業界の業界団体の副会長として制度作りに関わりました。私の提言をもとに政治がリーダーシップを取り,しっかりしたものを実現してくれました。
岸田政権は,日本経済をもう一回元気にするための政治的なサポートが課題であり,国民生活者の所得を増やすことに一生懸命でした。我が国は30年近くGDPベースの平均的な所得は変わっていません。このため,岸田内閣はGNI(国民総所得)を重視し,初めて本格的に給与以外も含めて所得を増やす方法を展開しました。岸田総理が「資産所得倍増プランの推進」を突然言い始めたのは,実はこの制度につなげるためでした。
しかし,この発想はアメリカやヨーロッパでは数十年前から重視されていました。例えば,アメリカの401kプラン(確定拠出年金)は制度化されてから45年以上経ち圧倒的な成功を収めています。また,イギリスのISA(個人貯蓄口座)は長期投資による資産形成ができる非課税の投資制度です。この制度を模倣したのが日本版ISAのNISAです。いずれも本格的に政策展開をしており,圧倒的に国民生活者に普及した結果,大きな成果を実現しました。これらの発想は「1人当たりGDP」とは別次元の「国民の豊かさの維持」を政策にしたものとも言えます。
アメリカの成功事例を数字で見ると,より実感が湧きます。日本の個人金融資産の総額は21世紀に入り1,300兆円を超えましたが,当時のアメリカも1人当たりは同じぐらいでした。それから20年経ち日本では2,100兆円を超えましたが,アメリカは桁違いに増え,1京5,000兆円です。人口は相変わらずアメリカが日本の3倍ですから全く勝負になっていません。アメリカは,普通の人たちが億万長者だらけになっているのが僕らの感覚です。アメリカは平均3%程度の経済成長に伴い賃金所得も上がっていますので,GDPベースの所得でも完全に勝負がつき,埋めようもない日米格差になってしまいました。そこで,日本もそこにキャッチアップできないかと考えたというのが新NISA制度の趣旨です。
20世紀の高度経済成長の支え役は,当時の1億人規模の国民生活者が徹底的に預金をする行動文化でした。敗戦で国庫にお金がない中,国民生活者が貯めた預金で銀行が融資をし,産業界は事業復興を成し遂げて,国民生活者に利息が返ります。それをまた預金すると,さらに銀行の融資が増やせました。この回転が経済成長となり,国民生活者はお金を預けるだけで報われるという,最高・最適な金融メカニズムでした。ですが,高度経済成長の終わりとともにこの仕組みは途絶えました。銀行は貸し先がなくなり利息はゼロになりましたが,この国は賞味期限切れとなったメカニズムを30年近く看過していました。
新NISA制度が国家戦略となった理由は,もう一回金融メカニズムを作る必要があるからです。新しいメカニズムでは貯まった預金を投資信託に持って行きます。投資信託では世界中の資金需要に効率よく合理的に投資し,そこが成長すれば,それなりに返ってきます。株式への投資であれば,まず配当金が戻り,企業の利益が上がり企業価値が上昇すれば株価として戻ってきます。このように日本の金融サイクルのメインストリームを変えることが大きな政治課題となりました。岸田総理はスローガンを「資産運用立国化」に変えましたし,石破政権も重要政策の2番目ぐらいに掲げています。
新NISA制度が始まり1年が経ち,若い人が長期の積み立て投資を始めるようになりました。一見,理想がかなったように見えますが,お金の大半がアメリカの銘柄に投資されていて,いわば重要な国費が失われています。資産運用立国化の理想のサイクルは,国内産業界に資金が行き渡り,成果が出たら国民生活者に戻ることです。
この国にインベストメントチェーンが機能する金融メカニズムを構築する,と金融庁は行政目的の最初に書いています。米英では国民生活者が資本市場に能動的にお金を出して資本所得を得ています。われわれも未来に向けて日本の産業界がもう一回強くなるためのお金を出していかなければなりません。僕の会社も日本をリードする覚悟と,規律のある経営が成り立つ会社に,この強い意思を示して長期投資をしたいと頑張っています。
「資産運用立国」に変えることで日本にも大きな未来が描ける可能性があります。それには時間をかけてでも,新NISA制度が当たり前となる行動文化にしないと,成功とは言えません。長期投資でお金が増えると,例えば新車を買うとかハワイに行くという需要が喚起されて,内需が拡大する。成熟した日本では需要の要求も極めて高度になるので,それを産業界が必死に解決しようとして対外競争力が上がり,マクロでGDPも浮き上がる。すると国民生活者は賃金が上がるうえに,投資したお金も増えてダブルで所得を感じる社会に変わる。これが浸透したアメリカは強烈な楽観社会です。日本もこれを仕上げることが次の課題です。ぜひ関西の経済界でも盛り上げてください。私も運用者として命をかけて頑張ります。