1941年4月8日生まれ。同志社中学・高等学校卒業。’61年4月春日とよ子の第一回公演を,東京日本橋「三越劇場」にて実施。西条凡児が司会を務める「素人名人会」の審査員を長年担当。京都祇園・先斗町などで,舞妓さんたちに小唄の指導を行っている。
今はちょっとブームが去ったかと思いますが,なぜ小唄がこんなに,はやったかと言うと,短いからでしょう。小唄はだいたい1曲2~3分で,女が男の不実,裏切りを恨む唄とか,男女の仲がいい唄とか,あとは春夏秋冬,その時期に応じた唄があります。
来月,12月14日は赤穂浪士の討ち入りです。今から唄うのは,討ち入り前夜の唄です。「年の瀬や 水の流れと人の身は」という上の句に対し,下の句は「明日待たるる宝船」。「明日討ち入りしますよ」と,すれ違ったときに交わした会話です。
♪「年の瀬や」(演奏)
年の瀬や 年の瀬や
水の流れと人の身は
留めてとまらぬ色の道
浮世の義理の捨てどころ
頭巾 羽織も脱ぎ捨てて
肌さえ寒き竹売りの
明日待たるる宝船
「明日待たるる宝船」というのは,「明日,討ち入りをしますよ」「宝船を掲げて泉岳寺へ」と。そういう暗黙の,裏の裏があるのが,日本語はすごいですね。ほかの国の言葉は,白は白で別に何の意味もないと思いますが,日本語は色一つとってもいろいろ複雑です。
年が明けると,門松が出ているときの昔の街の風景ですね。「門松」を唄います。
♪「門松」(演奏)
門松に 一つとまった追羽根の
それから明ける 年の朝
早も三河の太夫さん
エエ ヤハンリャ目出たや
鶴は千年鳥追い海上はるかに
見渡せば 年始御礼は福徳や
供は勇の皮羽織 エンヤリョ
空も晴れたり奴凧
最近は凧を上げるお子さん,年始に歩いている人もほとんどいない風景ですが,昔は穏やかと言いますか,四季が順番にうまいこと巡っていました。最近は,夏の次に秋がなくて冬,春がなくてすぐに夏。四季がなくなって二季になった気がしているのは私だけでしょうか。その時期の食べ物は,これがおいしいとか,梅が咲いたら,桜が咲いて,あやめが咲いて,カキツバタで,だんだん秋になって紅葉と順番があったものですが,この頃は全然ありませんね。だから,せめて小唄の世界で四季を感じるのも良いと思って,お稽古をさせていただいています。
私は17歳のときから,春日会創始者「春日とよ」の内弟子として,82歳で亡くなるまで,ずっと寝食を共にしました。お稽古はつけてはくれますが,「きょうは何のお稽古したんか?」と聞かれて,「これと,これと,これ」と,「じゃ,どれでもいいからやってごらん」。その場で書いたり,見たりするのをすごく嫌がる。録音,とんでもありません。携帯もありません。頭で覚えなさい。体で覚えなさい。お稽古の1曲ぐらいは覚えて,弾いて唄わなければいけない。恐怖でしたが,そのお陰で私は譜面を見ませんし,歌詞もめったに見ません。そう仕込んでくれたのは師匠で,あの時代があったから今の私があると思います。
それでは桜の時期。「夜桜」を唄います。最近こういう風景もあまり見ませんね。
♪「夜桜」(演奏)
夜桜や 浮かれ鴉がまいまいと
花の木影に誰やらがいるわいな
とぼけしゃんすな 芽吹き柳が
風にもまれて ふうわり ふうわりと
おおさ そうじゃいな そうじゃわいな
桜の唄が一番多く,最も一般的なのが夜桜で,葉桜や八重の桜の唄もあります。舞踊をつけた長いもので「笠森おせん」とか,歌麿が絵に描いた美女を登場させて,桜の花が散っていく長い曲もあります。
最近は,新内小唄など長いものもありますが,やはり小唄は2題唄ったとしても,もうちょっと聞きたいなと思うぐらい,5分ぐらいで終わるのがちょうどいいと思います。古典,昔からあるものは,西洋のクラシックのように音符があるわけではなく,それぞれの師匠の個性が「口移し」で代々受け継がれていくので,あまり長いものはどうかな,という気はします。
では,夏になりました。「晴れて雲間」という色っぽい唄です。文句を考えながらお聞きください。後でその裏をご説明します。
♪「晴れて雲間」(演奏)
晴れて雲間に あれ月の影
さしこむ腕に入れぼくろ
もやい枕の蚊帳のうち
いつか願いも
おやもし 雷さんの引合わせ
この歌詞の「もやい枕」は,一つの枕で男と女がくっついている意味で,「入れぼくろ」は,男は女の名前を「○○命」,女は男の名前を「○○命」と腕に刺青を入れること。今では,いちいち命を賭けていたら,いくつ命があっても足りないぐらい恋愛も自由になりましたが,昔は命がけで恋をしたので,こういう唄が生まれたのだと思います。
12月から始まって,お正月,春,夏,これで秋を唄うと1年になりますので,最後の曲は「ままならぬ」を唄います。最後の曲としては地味ですかね。
♪「ままならぬ」(演奏)
ままならぬ浮世と知れど 逢いたさに
用ありげなる玉章(たまずさ)は
こころ赤間の小硯に
受けてほしさよ萩の露