1991年,毎日新聞社入社。東京本社社会部などで事件を長く担当し,社会部警視庁キャップ時代の2011年,「力士が八百長メール」のスクープをはじめ大相撲八百長問題を巡る一連の報道で,同年度の新聞協会賞(編集部門)受賞。社会部副部長,千葉支局長,社長室委員などを経て,’23年10月から現職。点字毎日の理念を現代にアップデートするプロジェクト「視覚障害者支援コンソーシアム」の責任者も務める。
まず,「点字毎日」が出来上がるまでの動画をご覧ください。(動画)点字毎日は,日本でただ一つの週刊点字新聞。創刊は1922(大正11)年,2020年7月には5,000号を達成。大阪本社の編集部には,目の見える記者も全盲の記者もいます。一冊,一冊が手づくりです。編集長の言葉「一度も休刊せずに発行を続けてこられたのは,ひとえに点字毎日を心待ちにしてくださる全国の読者のお陰です」(動画終了)
点字毎日は「視覚障害者と社会の架け橋に」という理念で創刊されました。盲人の方々は(当時は「盲人」と言われていました)社会的に厳しい状況にあり,選挙権もなく,コミュニケーションの手段は,周りの目の見える「晴眼者」に読み聞かせをしてもらうだけで,点字ができる人はごくわずかでした。そこで毎日新聞社の前身,大阪毎日新聞社の社長は,盲人の方が自分で新聞を読める状況をつくるのが新聞社の使命だとして,創刊を決めたそうです。
その後,編集部が全国に点字を広める運動を始めました。その結果,1925年の普通選挙法の施行時に点字投票が認められ,それは世界で初めてのことでもありました。また「全国盲学校弁論大会」―当時は「全国盲学生雄弁大会」と言いましたが,盲学校の生徒たちが自分の主張を世の中に発するための事業も始めました。昨年,水戸で開かれたのが第92回でした。これらの功績により1963年に菊池寛賞,’68年に朝日賞,2022年に内閣府のバリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰の最高賞,’24年度には企業の社会貢献を表彰するフィランソロピー賞に選ばれました。
現在,日本の視覚障害者は約30万人,ロービジョン(弱視)まで含めると165万人,高齢化が進むと’30年には200万人になるそうです。糖尿病や緑内障のために途中で視力を失う方も多くいるような身近な障害ですが,障害者が晴眼者と交流を持つ機会はほとんどありません。視覚障害の大変さの認知や,日常についての理解は,創刊から103年経った今も置いてきぼりの状況です。
そこでフランスで点字が考案されて200年という節目の’25年に向けて,毎日新聞社が何かできないか考えました。
点字は読み書きできる人が視覚障害者の1割程度で,ほかの人はスマートフォンの読み上げ機能などで生活しています。ただ,駅の案内板や選挙の投票など肝心なところでは点字が必要です。そこで創刊の理念に帰り,視覚障害者のためにできることを考えて,障害者と向き合う当事者団体,企業,メディアや製薬会社,医者,研究者などを横につなぐプラットフォームを作ることにしました。そして,そのハブ役を毎日新聞社が務めるために非営利の共同事業体,コンソーシアムを1月末に立ち上げます。目指すのは,あらゆる関係者がつながって,社会課題の解決に様々な立場の人たちが知恵を出し合い,前に進められる場にすること。そして「視覚障害体験の提供」として,見えない世界や見えづらい世界を晴眼者,特に感受性の豊かな子どもや若年層に体験してもらいたい。昨今,よく言われるDEI(多様性・公平性・包括性)の第一歩として,異なる一面を知る機会を若いうちに作れるようにします。毎日新聞社の2030年のビジョンは「個を見つめ,世の中に伝え,社会をつなぐコミュニケーター・カンパニーへ」です。報道機関には個性を見つめ,伝えることだけでなく,社会に広がる分断を埋めてつなぐ役割が求められていると考えています。コンソーシアムの構想はここからも来ています。
コンソーシアムは基本、企業会員と学校法人会員で構成します。会費をいただいて全国の学校で提供する視覚障害体験の費用に充てます。そして当事者団体や支援団体の団体会員,報道に協力いただくメディアパートナー,豊富な知見やノウハウを持つ有識者会員にも加わっていただきます。1業種1社に関わらず,プラットフォームという趣旨に鑑みて,できるだけ数を増やしたいと思います。
目指すのは交じり合い,笑い合える社会。その第一歩として,相手を知る機会を提供します。体験できるコンテンツには,晴眼者がアイマスクと白杖を使って点字ブロック上を歩くことや,パラスポーツの体験,点字を打つこと,視覚に頼らないゲームなどを考えています。披露の第1弾は大阪・関西万博のメディア催事です。「点字考案200年視覚障害者の世界を体験する」というタイトルで4月19日から6日間,ギャラリーWESTに出展します。
コンソーシアム活動の発信には,毎日新聞の共生社会を標榜する特集紙面「ともに」面や毎日小学生新聞,デジタルニュースサイトを使います。
会員の皆様には,ダイバーシティやインクルージョンをテーマとした社員教育や研修,勉強会を提供します。障害者差別解消法では合理的配慮が昨年の4月から義務付けされましたが,その進め方を悩む声を聞きます。このため,コンソーシアムでは関係団体が相談を受けたり,勉強会の講師を務めたりします。また,商品の設計に当事者が入ることでインクルーシブ・デザインにも貢献できます。
全国盲学校弁論大会はこれまで住友グループに育てていただきました。グループ各社の広報担当者は討論をメモして,各社のダイバーシティの社内研修に活かしているそうです。今後,この大会は盲学校だけでなく一般の学校の視覚障害者にも門戸を広げたいと思っています。どうぞ、みなさまもコンソーシアムに加わっていただければ幸いです。
(動画・スライドとともに)