大正9年(1920年)日本にロータリークラブが生まれてから昭和3年(1928年)までの間は、Non districted Territoryとしてガバナーもなく、各クラブは直接国際ロータリーの監督下にあった。当時は、内地6大都市及び京城にクラブがあっただけで、一つの区を形成するにはクラブ数も会員数も余りに少なかった。それで、Special Commissionerというものを置いて、現在のGovernorのような役目を果たしていた。初代米山梅吉君、2代井坂孝君のあとをうけて、昭和2年(1927年)7月から、大阪の平生釟三郎君が3代目として本部から任命を受けた。