2002年,大阪市立大学医学部卒業。’04年国立病院機構大阪医療センター救命救急センター,’08年大阪市立総合医療センター救命救急センターにて勤務。’26年から現職。日本救急医学会専門医,日本DMAT統括資格,都道府県災害医療コーディネーター,米国NDLSインストラクター,米国DRII認定 CBCP ,日本医師会認定産業医。
世界の65歳以上の熱中症による死亡者数は,この約20年間で70%増加,日本国内の熱中症による死亡者数は約24年間で8倍に増えています。ここ数年「日本は暑いな」と感じていると思いますが,世界的にも熱波による大規模な健康被害が報じられています。2022年のヨーロッパでの大規模熱波では6万~7万人が亡くなりました。日本各地で史上最高気温を記録した’24年の熱波,酷暑では,2,000人以上が亡くなり,数万~10万人規模の医療需要がありました。以前は「単発の局地的超過死亡イベント」でしたが,現在は世界における「慢性的な広域の公衆衛生危機」と捉えられています。
昨年の大阪市の熱中症発生状況を見ると,搬送件数は2,000を超えていますが,死亡者は1人となっています。消防局の救急隊によると「運べない人が増えた」と。つまり,亡くなった状態で発見され,救急車で病院に運ばない事案が多かったということです。われわれ医療機関側は「熱中症が少ないな」と思っていましたが,実際は潜在的に非常に多かったのではないかと考えています。
熱中症リスクの目安になる暑さ指数「WBGT(Wet Bulb Globe Temperature,湿球黒球温度)」についてお話しします。気温が高く,湿度が高いときに熱中症が発生しやすいことはご存知だと思います。WBGTは,百葉箱にあるような気温測定とは違う方式です。湿度,輻射熱(地面からの照り返し),気温,この3つの要素を取り入れた指数で,湿度が上がるとWBGTが跳ね上がります。近年は,学校保健や労働衛生などの分野で安全管理の指標として用いられています。一つの目安として,WBGT28~31で激しい運動は中止,WBGT31以上で運動は原則中止です。学校の先生もWBGTの指標を見て,屋外での体育の授業やクラブを取りやめるなどしています。
労働安全衛生に関わるものでは,身体作業強度に応じたWBGT基準値があります。学校保健と数値は違いますが,WBGTを基準として労働環境を整えることになります。昨年6月に労働安全衛生法の細則で,熱中症対策をしない事業所,それで事故を起こした事業所に対する罰則規定が厳しくなり,現場で対策を取るようになったため,労働者の熱中症搬送件数は減っています。
一方,高齢者の屋内での熱中症は増加しています。昔と比べると熱帯夜が多くなっており,WBGTが上昇してもクーラーで室内温度を調節せず,就寝中に熱中症にかかる方が増えているのです。
近年の推移を見ると,大阪では5月半ばから「注意」の水準になり,6月初旬に「日中に警戒」の水準に達し始め,7月初旬には「夜間に警戒」の水準に達し始めますので,意外と早い段階でWBGTが上がってきます。皆さまも庭で土いじり,屋外でのレジャーの前に「熱中症予防情報サイト」でWBGTを確認する習慣をつけて,リスクがあれば,活動度を下げるなど,気を付けていただければと思います。
熱中症というのは,「脱水と組織の傷害」のことです。大量に汗をかくと,発汗のメカニズムが破綻し,体温が上昇し続けます。高体温が持続することで,様々な臓器が傷害されるのです。特に怖いのは脳です。汗をかく水分すらなくなると,血の巡りが悪くなり,脳梗塞に近い状態になり,脳細胞が死ぬことで,脳浮腫を引き起こしたりします。
熱中症を疑う重要ポイントは,「体温の上昇」と「意識障害」の2つです。体温は40℃以上が続き,顔は赤く上気し,汗をかいていなければ,体温調節ができなくなっているかも知れません。普段の受け答えができなくなっていれば,脳への血の巡りが落ちて,傷害が進んでいるかも知れません。こういったときは早めに救急車を呼んでください。
熱中症の応急処置のポイントは,「冷やす・休む・補う」です。つまり,身体の熱の損失を上げ,身体の熱の産生を下げ,失われた水分と塩分を補給することです。
「冷やす」ために,直射日光を避けた日陰を探しましょう。レジャーの際はテントなどを立て,うちわ,扇風機,室内ではクーラー。冷蔵庫に氷枕や保冷剤を入れておきましょう。
「休む」は,とにかく筋肉を動かさないことが大事です。長椅子,簡易ベッドなど,横になって休める場所を確保しましょう。
「補う」は,経口補水液,スポーツドリンク,塩分あめなどで抜けた水分,塩分をしっかりと補給することです。
熱中症の予防法としては,「声掛け・服装の工夫・水分と塩分の補給・能動的な馴化」が挙げられます。「声掛け」は,作業前,レジャー前に「30分たったら見に来て」などと,同僚や家族にあらかじめ声を掛けておきましょう。「服装の工夫」は,対流をよくするために通気性のよい生地を使ったものや,ファン付きの作業服などで体温を上げない工夫をすることです。「水分,塩分」は,意識的に20~30分ごとに補給しましょう。高齢者は寝ている間に熱中症になる場合もあるので,就寝前にしっかりと水分補給をした方が良いと思います。「能動的な馴化」は,WBGTが上昇する5月の後半から6月にかけて体を慣らしていきましょう。夜間のウォーキングなどで,ゆっくりと負荷を上げていく。工事現場では,最初は作業時間少なめでスタートして,1週間かけて増やしていく。建築現場,製造業,運送業の3つが熱中症,労務災害が起きやすいです。
WBGTの外的な要因をしっかりと確認するのも大事ですし,検診結果に基づきリスクの高い疾患を把握するとともに,十分に睡眠を取り,深酒はしない,こういった日々の健康管理を続けていれば,熱中症のリスクは減っていくと思います。
(スライドとともに)