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2026年2月20日(金)第4,995回 例会

科学のミカタ

元 村  有希子 氏

同志社大学 生命医科学研究科
特別客員教授
元 村  有希子 

1966年生まれ。九州大学卒業。’89年,毎日新聞社入社。2001年,科学環境部に異動。同部長,論説副委員長などを経て退職。’24年から同志社大学特別客員教授として,科学技術と社会をつなぐサイエンスコミュニケーションを教える。著書に「科学目線 上から,下から,ナナメから」「科学のトリセツ」(すべて毎日新聞出版)など。講演やテレビ出演も多数。趣味は山歩き,数独。

 私は理科が嫌いで文系に転向し,新聞記者になったのですが,大人になって出会った科学の世界は想像をはるかに超えておもしろかった。誰も答えが分からない場所に向かって探検している科学者に伴走する仕事にはまり,25年ほど科学・技術の世界を取材してきました。2024年春から同志社大学で,社会と科学をつなぐ「科学コミュニケーション」の研究と教育に携わっています。学部を越えて文系,理系の学生が学ぶ「サイエンスコミュニケーター養成副専攻」で,科学・技術が暮らしや地球の将来につながっていることを社会にどう発信するか,意見が対立する人同士をどうつなげるか,学生と一緒に模索しています。

科学・技術の副作用

 米国の物理学者の団体が「人類破滅まで残り85秒」と発表した最近のニュースをご存知でしょうか。1947年から毎年発表している「終末時計」と呼ばれるもので,85秒は過去最短です。ベルリンの壁崩壊,冷戦終結を経て,旧ソ連が崩壊した’91年は残り17分でしたが,その後はほぼ右肩下がりに短くなっています。核兵器の脅威だけでなく,近年は気候変動や破壊的テクノロジーといった科学・技術の負の側面も考慮されています。
 世界経済フォーラム(ダボス会議)の報告書も「今後10年の地球規模の危機」として,気候変動,生物多様性の喪失,AI技術の悪影響,サイバーセキュリティーなど,先端的な科学・技術の副作用,人間が資源を使い過ぎた影響などを挙げて,警告しています。数年前までは政治や経済のリスクが重視されていましたが,今では半分以上が科学・技術と,それから派生する問題にフォーカスしています。科学・技術は人を幸せにするために存在すると思っていますが,意図しない副作用も私たちは目の当たりにしています。

暴走を防ぐブレーキ

 では,科学・技術とどう向き合ったらいいのか。20世紀は科学の時代と呼ばれ,たくさんの発見があり,すばらしい技術が生み出され,私たちの暮らしは比較にならないぐらい便利になり,寿命はこの100年あまりで40歳近く伸びていると思います。
 5年に一度,日本人を対象に「自然に対して人間はどういう立場であるべきか」と質問した定点観測的な調査の結果があります。選択肢は「自然を征服すべきだ」,「自然に従うべきだ」,「自然を利用するべきだ」の三つです。1960年代までは「征服すべきだ」が上り調子だったのが,ある時からどんどん減り,「従うべきだ」が増えていき,今では最も多くなっています。科学哲学の世界では,’70年がターニングポイントだったと言われています。’70年の大阪万博では,科学は世界を明るく照らす存在として紹介されましたが,一方で公害が多発するなど,科学・技術は幸せだけをもたらすわけではないと言われるようになりました。つまり,科学・技術の恩恵は分かるが,副作用も見逃せないといった心境の変化に,科学・技術に携わる人がどう寄り添っていくかがとても重要になってくるのです。これを無視して「科学は便利だ。お金がもうかる」と進めてしまうと,人々の心がどんどん離れていくこともあり得る。そこにサイエンスコミュニケーションの意味があるのだと思います。
 「人工知能の父」と呼ばれ,2024年にノーベル物理学賞を受賞したジェフリー・ヒントン博士は「人工知能を使いこなせている間はいいが,やがて悪用されたり,意図しない用途に使われたり,人間が予想もつかない進化を遂げるかもしれない」と警鐘を鳴らしています。
 人工知能を搭載した無人兵器が技術的には量産できるレベルにあると言われています。禁止条約を作ろうという動きはありますが,国連の発言力低下で,実現するとは思えない。であれば,誰がブレーキ役を担うのか。それは私たちの良心,自制心であり,文明に対する,地球の未来に対する揺るぎない信頼だろうと思います。科学・技術が変な方向に暴走しないように,そういう心を持って科学ニュースなどに耳を傾けてもらいたいと思います。

ケアの倫理とELSI

 これからの科学・技術を進めていく上で必要だと思う「ケアの倫理」という思想についてお話しします。’25年に京都賞を受賞した心理学者のキャロル・ギリガン氏が1980年代から提唱している「他者の声なき声に耳を傾け,いろいろな事を決めていく必要がある」という考え方です。「自分は○○したい」「この人は○○すべきだ」よりも,「この人はどうしたい?」「私には何ができる?」と考える行動規範を,もっともっと取り入れてもらいたいと思っています。
 既にそういう考え方を反映した製品は生み出されています。最近はやっている「働かないロボット」は,物や便利さでは満たされない何かを満たしてくれる存在という思想で作られています。普及が進んでいる「分身ロボット」には病気,障害,引きこもりなどで,外に出たくても出られない人への配慮を念頭に開発する思想が眠っているのです。
 これからの科学・技術の進め方を巡って,皆さんはお客さんではありません。言論や税金などを通して方向性を変えていく必要があると思います。今までの科学・技術は「強い」「競争的な」「大きい」「独占的な」といった考え方で進められてきましたが,これからは「共に生きる」「公共のため」「分かち合う」といった価値観を科学・技術の進め方に取り入れていくことを強く願っています。
 この考え方は,最近は「ELS(Iエルシー)」という言葉で言い換えられています。Ethical(倫理的),Lega(l法的),Socia(l社会的),Issues(課題)の頭文字で,「科学・技術がもつ倫理的,法的,社会的な課題への配慮を」ということです。ELSIという考え方なしに科学・技術は進まない時代です。このELSIの行方を決めるのは科学者だけではなく,政治家でもなく,お金を出し,発言力を持っている私たち一人一人なのです。
(スライドとともに)