2020年5月中国・南開大学濱海学院コンピュータサイエンス学部卒業し,工学学士号を取得。同年11月に来日。’22年立命館大学大学院経営学研究科に進学し,’24年に修士号を取得。現在は同大学博士後期課程に在籍し,ラストマイル配送に関する研究に取り組んでいる。RI第2660地区米山記念奨学生として’25年4月から当クラブ受入れ。
日本ではネット通販市場拡大の影響で,物流量が急速に増加しています。経済産業省によると,国内のネット通販市場規模は2014年からの10年間で約1.9倍に成長し,宅配便の取扱数も19年からの5年間で約1.2倍に増加しました。日本の物流は,少量の商品を高頻度で配送する特徴があります。過去30年間の貨物総量は約40%減少した一方で,物流件数はほぼ倍増し,車両の積載率の低下,人件費・燃料費の増加,負荷の増大などの課題が生じています。
私がこの研究を始めたきっかけは「再配達問題」です。来日当初,日本語学校の授業が終わって帰宅すると,不在連絡票が残されていることがよくあり,消費者にも配送業者にも大きなロスだと思いました。国土交通省は15年に宅配便の再配達削減の検討会を開催し,対応策として「消費者と宅配事業者等との間のコミュニケーション強化」「消費者の受け取りへの積極参加の促進」「コンビニ受け取りの地域インフラ化」などを打ち出しました。しかし25年4月の再配達率は9.5%で,20年10月の11.4%と比べ,わずかな改善にとどまっています。
もう一つの大きな課題が「物流2024年問題」です。24年4月に施行された「働き方改革関連法」により,トラック運転手の時間外労働が年間960時間に制限され,人手不足や物流の停滞,配達料の上昇などが顕在化しています。19年から23年にかけて,宅配便ドライバーが7%減少する一方で,1人当たりの月間配達個数は約3割増加。野村総研の試算では,25年には全国の荷物の約28%,30年には約35%が運べなくなるそうです。
物流問題の打開策として「ラストマイル配送」の重要性が挙げられます。商品が自分の家や指定した配達先まで配送される最終過程を指し,サプライチェーンで最もコストが高く,効率性が低く,環境問題にもなっています。物流プロセスの最重要課題と認識されており,政府も今年6月から効率化等に向けた検討会を開催しています。
今後の取り組みの方向性としては,①多様な受け取り方法の普及拡大②配送の効率化③革新的な配送手段―が挙げられます。①は対面での受け渡しを前提とした宅配サービスを,セルフ受け取り型サービス(置き配,スマート宅配ロッカー,コンビニ受け取りなど)に転換すること,②は過疎地域で異なる事業者の宅配便をまとめて配送する取り組み,貨客混載の導入など,③はドローン配送や自動配送ロボットの活用などです。
「置き配」は導入コストが低く,玄関前で配達が完結できる手軽さが特徴ですが,盗難や誤配,悪天候による商品の破損,個人情報の漏洩などのリスクがあり,オートロックの解錠が必要な場合や,高価な商品・生鮮食品などには向かないという課題もあります。
「スマート宅配ロッカー」は,安全性が高く,24時間利用可能で,温度帯に対応できるロッカーも登場しています。ただ,設置や運用,メンテナンスにコストがかかり,消費者がロッカーまでアクセスする必要があり,容量の制限などの問題も指摘されています。
多様な受け取り方法の普及に伴い,消費者ニーズの多様化が進んでいます。置き配,スマート宅配ロッカー,コンビニ受け取りなどを組み合わせて,消費者が最適な方法を選択できる仕組みが求められています。
ドローン配送については,23年に北海道上士幌町で日本初のレベル3.5飛行による配送が実施されました。自動配送ロボットでは,楽天グループが22~23年に茨城県のつくば駅周辺で商品配送サービスを展開しました。安全性の確保,配送能力の向上,ルールの整備などの課題は残されていますが,労働力不足や環境負荷の軽減といった社会課題の解決に貢献し,持続可能な物流への大きな一歩となるでしょう。
皆様に考えていただきたいことがあります。「いつでも,何でも,好きなものを自宅に届けてもらうという消費者行動はこのままでいいのか?」―。答えは,恐らく「いいえ」だと思います。配送業者の負担や環境への影響を考えると,今後は「荷物を届けてもらう」受け身的な発想から,自分で受け取りに行く「セルフ受け取り型」に少しずつ移行することが重要だと考えられています。
近年,消費者の意識や行動には大きな変化が見られます。消費者は単なるサービスの受け手ではなく,サービスの価値の創造と消費における能動的な価値共創者としての役割を担うようになっています。他者のために商品を受け取り,運搬するなど重要な役割を果たしています。また,新型コロナウイルスの影響により,セルフサービス化や技術依存が進み,消費者が物流活動をより主体的にコントロールする傾向が強まりました。環境配慮意識がサービス利用に影響を与える可能性もあります。消費者の持続可能性に関する信念を活用して,ラストマイル配送への参加を促進する方法をさらに検討する必要があります。
企業や政府が対面での受け渡しを前提とした宅配サービスの在り方の変革を求める一方で,消費者自身もその変革を求めています。消費者の考えを的確に把握し,消費者が配送プロセスに積極的に参加できるよう促すことが重要です。ラストマイル配送は消費者志向のサービスであり,消費者が主導者,業者や政策立案者はサポーターの立場を取ることが求められます。消費者の真のニーズと期待を理解することが成功の鍵になると思います。
私は「ラストマイル配送における消費者参加」をテーマに博士論文の研究を進めています。研究の方向性としては,①配送方式の多様性②消費者の異質性③批判的な視点④セルフ受け取りサービスを媒介とする視点⑤消費者のサステナビリティーに対する信念に関する検討―の5つの視点が挙げられます。ぜひ今後の例会で意見交換させていただければ幸いです。
(スライドとともに)