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2025年4月4日(金)第4,958回 例会

日本発・世界初の新規抗がん薬の創出に向けた挑戦

三 宅    洋 氏

Chordia Therapeutics株式会社
代表取締役
三 宅    洋 

1970年生まれ。’93年大阪大学薬学部卒業,’98年東京大学大学院薬学系研究科専攻博士課程修了,薬学博士。’98年から2017年まで武田薬品工業株式会社にて抗がん薬,感染症薬,自己免疫疾患薬の創薬研究に従事。’17年11月にChordia Therapeutics株式会社を創業,代表取締役に就任,現在に至る。

 私たちは新しい抗がん薬に挑戦するバイオテック企業です。医薬品の最大の市場であるアメリカではバイオテック企業が創薬に大きな役割を果たしています。日本はアメリカの10年から20年後を追いかけているので,我々も頑張れば5年,10年後には同じようになれると思っています。私は大学時代に大阪大学で有機化学を専攻するなかで,生物学や細胞を学びたくなり,大学院は東京大学に行き,武田薬品工業に就職しました。

創薬の研究と開発を担う

 私たちChordia(コーディア)社は2017年に武田薬品工業からスピンアウトしました。従業員21人の約半数が博士号を持つ少数精鋭の会社で,昨年6月,東証グロース市場に上場できました。創薬のプロセスは実験室で薬の元を見つけて,臨床試験で安全性と有効性を検討し,承認されれば市販できるという流れですが,私たちはその最初の研究段階を担っています。この仕事は,新しい化合物を何万個も作り,ようやくその一つが薬になるぐらい難しいのですが,新しい治療機会を提供できるというやりがいがあります。残念ながら近年,日本の創薬の研究所が減っていく中で,私たちは日本に拠点を持ち,研究・開発をして,日本で一番初めに患者さまに薬を届けたいと頑張っています。
 薬を作るには長い期間と膨大な先行投資が必要です。期間は20年,30年とかかり,化合物の中から2万5,000分の1でしか薬が生まれず,開発費用は承認前の第3相臨床試験までに1,000億円をはるかに超えます。その代わり新しい医薬品は膨大な利益を生み出します。例えば小野薬品のオプジーボのように年商でウン千億円売り上げ,利益率も極めて高いハイリスク・ハイリターンなビジネスです。
 このため大きいメーカーはリスクが高い研究や開発をバイオテック企業に任せます。創薬は基礎研究,実験室での探索,前臨床研究,動物実験,臨床試験を経て,ようやく患者さまに飲んでいただけます。ただ抗がん薬の場合,規制当局に承認される確率は10%程度しかありません。このためプロセスを分割して,それぞれでプレーヤーがリスクを背負いチャレンジします。アメリカのEBP(Emerging Biopharma,新しいバイオテックカンパニー)は研究開発の初期段階を担う割合が大きく,2010年代前半には20~30%でしたが,’23年には80%になっています。
 私たちには薬の元となる化合物,パイプラインが五つあり,うち二つが臨床試験で患者さまに飲んでいただけるステージです。そのうち一番,進んでいるプログラムは全世界での権利を我々が有していますが,二つ目は抗がん薬に強い小野薬品工業が全世界の権利を取得して米国で臨床試験をしています。

根治しないがんには働き方が異なる薬を

 我々が注目するのはRNA制御ストレスというがんの新しい弱点です。京都大学の小川誠司先生が’11年に世界に先駆けて見出しました。がん細胞は遺伝子の変化を複数抱えているので速く増殖できますが,変化によるストレスで無理をしています。私たちの薬の元は,そのストレスを大きくしてがん細胞を風船のように破裂させます。専門的に言えば,コロナワクチンで有名になったメッセンジャーRNAが,細胞の中で作られる過程を変化させて追加のストレスをかけています。
 抗がん薬の臨床試験は標準治療が効かない方に参加いただき,薬物動態の安全性に加えて有効性も検討します。私たちはヒトの安全性を検証する第1相臨床試験で60人の患者さんに参加いただき,そのうちAML(急性骨髄性白血病)の方が14人,卵巣がんの方が14人いました。試験の成績はFDA(アメリカ食品医薬品局)で承認された新薬と同等でした。
 がん発症5年後の生存率は,前立腺がんはほぼ100%ですが,AMLは30%程度しかありません。AMLは最初の治療に失敗すると,次に有効な治療があまりなく,根治が難しくなります。この場合,他の薬を順番に使って延命します。がんは高齢の方に多く,例えば薬物療法で10年,20年,30年と延命できれば寿命を全うできます。ただ,がんは最初に効いた薬に対して抵抗性をすぐ獲得します。私たちの薬は異なる働き方をするため,既存の治療で再発・難治性となった方に有効です。

日本でバイオベンチャーを成功させたい

 私たちは研究を始めて15年経ち,早ければ’27年や’28年にはCTX-712(一般名称rogocekibロゴセキブ)の承認申請をかけたいと頑張っています。日本にはアメリカほど成功を収めたバイオベンチャーは多くありません。アメリカで低分子化合物の薬の開発に成功した会社には特徴があり,起業メンバーの60%が製薬企業の経験があります。また特定のメカニズムや領域に特化しています。創業から6年ぐらいで上場して,パイプラインの数は臨床試験までが2品目,実験室段階が2品目くらいです。資金は上場までに94億円を調達して,上場前にパイプラインを売り,ライセンスフィーを得ています。ここまでの状況は私たちと極めて近しいです。ただ,私たちが完全に劣後しているのは,上場時の資金調達です。アメリカでは上場前と同じぐらいの金額を調達して開発の仕上げに入りますが,日本では大型の開発がまだ成功していないので,上場時のリスクマネーは集まりづらくなっています。
 新しい薬を生み出せる国は世界でも米,英の他,10カ国もなく,私たちが創薬の力を維持することは重要です。日本のバイオベンチャーの数はアメリカの25分の1ですが,チャレンジする会社が多いほど薬を生み出せる確率は上がります。バイオベンチャーが魅力的な働き場であることを身をもって示す責任を感じながら進めています。
(スライドとともに)