1945年生まれ。大阪大学医学部卒業。医博。’96年大阪大学医学部第一内科教授。2005年臓器別編成にて,循環器内科学初代教授。’08年大阪府立成人病センター総長。現在,大阪国際がんセンター名誉総長。
日本心不全学会理事長,ISHR理事長,国立
循環器病研究センター理事歴任。(公社)大阪ハートクラブ代表理事・会長。’04年当クラブ入会。健康を守る会委員長等を歴任。’20年会長。米山功労者(M4),PHF(M)。
ACPという言葉を聞かれたことがない方が多いのではないでしょうか。企業におけるBCPはよくご存じだと思いますが,この話とは何の関係もありません。BCPはBusiness Continuity Planのことです。ACPはAdvance Care Planningの略です。厚生労働省が「人生会議」とニックネームを付けましたが,ポスターのデザインをめぐって批判を受けて引っ込めてしまいました。以来,鳴りをひそめておりましたのでこの話題を選びました。
この言葉の根本にあるのが,医療の本質や目的です。医療は,「病気で苦しむ人々の命を救うこと」または「苦しみや痛みを軽減する技術」として発展してきました。
医療の歴史は,古代エジプトからありますが,延命できるようになったのはごく最近です。何世紀にもわたって,延命を医療で実現することはできませんでしたが,戦争などでケガをしたりするので,苦痛を取り除いてほしいというニーズはずっとありました。
いわゆる終末期にかかったがん治療の場合,あちこちの臓器に転移し,非常な痛みに耐えられないことが起こります。そのときに救命を優先するのか,苦痛の軽減を優先するのか,医療倫理が問われます。どちらが正しいのでしょうか。どちらを優先するのかが今回の主題です。
なぜそんなことが問題になっているのかというと,1970年以降,「人工呼吸器」という医療機器が出てきました。いわゆる,レスピレーターをつけておくと呼吸が維持できます。心臓さえ動けば,循環が維持できます。最低限の命がキープできることになり,人工呼吸器を外せない状況が生じてきたわけです。すると今度は,無用に延命措置が続けられると患者の尊厳が犯されるという疑義が生じました。そこで,アメリカを中心に,「リビングウィル(事前指示書)」という考え方が出てきました。判断能力がしっかりしている間に,自分の望む生き方を示しておけば,尊厳を守ることができるというものです。
がんの末期では,患者の苦痛を緩和して,QOL(Quality Of Life)を高める緩和ケアの技術が発展してきましたが,精神的な苦痛はどうコントロールするのかというリクエストが出てきました。
そこで議論になったのが,「人には死ぬ権利があるか」ということです。これは深刻な問題です。世界医師会が1981年に「患者の権利に関するリスボン宣言」を出しておりまして,「尊厳をもって死ぬことは患者の権利である」と認めています。さらに,’95年には改訂され,「患者は人間的な終末期ケアを受ける権利を有し,またできる限り尊厳を保ち,かつ安楽に死を迎えるためのあらゆる可能な助力を与えられる権利を有する」と差し替えられました。安楽死の権利を有することが世界医師会の宣言の中に盛り込まれました。
「尊厳死(death with dignity)」という言葉を聞かれたことがあると思います。終末期の患者が本人の意思に基づいて,延命措置を受けずに自然経過のままを受け入れる死のことです。例えば,終末期で延命治療の差し控えや中止はしますが,痛みの緩和ケアは徹底するというような,患者本人が望む死に方を尊厳死と定義しました。
この定義は,日本尊厳死協会の定義で,世界では通用しません。世界は,安楽死を含めた死に方を尊厳死と言っているので,日本と海外とでは定義にズレがあります。欧米諸国は,尊厳死に安楽死,自殺ほう助を含んでいます。日本医師会は,尊厳死は認めていますが,安楽死,自殺ほう助は禁じています。日本では法律上,安楽死が認められていません。
世界の状況は,とにかく米国は一番リビングウィルが進んでいます。患者の自己決定権法が’90年に成立しています。ただ,普及率は18%~30%にとどまっています。
尊厳死の自殺ほう助ですが,歴史的には一番初めはスイスで,’82年にエグジット(EXIT)という民間の団体が設立され,安楽死を執行できるようにしました。国ではないんです。厚労省がやっているのではなくて民間団体が発祥です。
安楽死を,2001年,世界で最初に法律で規定したのはオランダです。その後,ベルギー,ルクセンブルグとつながって,米国も州によって作ったり,認めたり,認めなかったりというのがずっと続き,次第に増えています。世界の潮流として安楽死が非常に増えているということです。
日本は,’12年に議員連盟で,「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)」ができましたが,廃案になり,次いで,’18年に厚労省は「終末期医療のガイドラインに基づきACPの普及と推進」を提唱しました。
ACPには条件があります。患者・医療者・家族などのケア提供者が共にチームとなり,複数の立場から話し合うこと。意思決定力の低下に先立って行われることなどです。ACPの話し合いは人生観,価値観も含み,広い意味でどういう人生観を持っているのかという部分から話を進めます。話し合いは継続的に行ってください。状況,環境で気が変わる可能性があるからです。繰り返し自分の意思を確認する作業が大事です。その人の人生観やエンディングを皆さんで一緒に話してください。たわいもないことでも結構です。大事だと思っていることをまとめてください。それをリビングウィル,あるいはエンディングノートとして用意してもらえたら必ず役立ちます。
大事なのは,「意思表示ができなくなったときの代弁者は誰なのか」を決めておくことです。医療側と患者側が齟齬を起こさないで看取ることができることが大事です。
欠点は,時間がかかることと,この取り組みが法的にサポートされていないことです。
(スライドとともに)