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2024年5月10日(金)第4,920回 例会

「我々のタイムレス」~マツダ・ブランドの変革を目指して~

前 田  育 男 氏

マツダ株式会社 エグゼクティブフェロー
ブランドデザイン
前 田  育 男 

1982年京都工芸繊維大学卒業後,東洋工業株式会社(現マツダ株式会社)入社。2009年デザイン本部長就任。デザインコンセプト「魂動」を立上げる。’13年執行役員,’16年常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当。’22年より現職。MAZDA SPIRIT RACING代表兼レーシングドライバー。広島市立大学芸術学部客員教授。

 私は,マツダのデザインとブランドを統括しております。本日は,マツダのデザインがどんな戦略を持って何に挑戦してきたか,私がマツダのデザインリーダーになってからの十数年間を簡単に振り返ってみたいと思います。

唯一無二のブランドとして

 私は現在,ライフワークとしてマツダ全車のデザインを手掛けると同時に,ブランドの様式づくりを推進しています。「マツダ・ブランド」という作品を作ることが仕事です。
 ブランドづくりとして,主に2つのことに注力してきました。
 1つ目は,ブランドの柱である商品,車のデザインの独自性を研ぎ澄ますこと。一目でマツダだとわかる形を作ることです。
 2つ目は,それを「様式につなぐ」ことです。車を取り巻くすべての領域を車のデザインと同じ思想で統一することで,ブランドの様式につなげる作業です。
 この2つがそろい,持続可能になってはじめてブランドが機能すると考えています。
 まず,1つ目のミッションについてですが,ブランドを確立するには,自分たちしか持てない「思想」「やり方」でデザインを行うしかありません。普遍的な思想を持ち,想定以上の目標を掲げて,独自のやり方で実現していくことです。人間の能力に頼った作業で,正解はありません。
 また,デザインの哲学は,企業の思想とシンクロする必要があります。
 マツダは人馬一体と言いまして,車と人が一体となれる道具づくりを行うという基本思想があります。最終的な定義は,「車に命を与える,それがマツダのデザインである」。この思想を「魂動(こどう)デザイン」と呼称しています。
 非常に抽象的なのですが,「御神体」と呼ぶ3Dのオブジェにたどり着き,このマツダデザインの原点ともいえる存在を車の骨格にオーバーラップしていく作業を行いました。誕生したのが,アテンザMAZDA6という車で,2012年にデビューしました。
 この後,’10年からの約5年間で車のクラウドを作りました。一番苦労したのは,社内の経営幹部に納得してもらうことでした。通常のインダストリーでは市場への適合が優先されることが多いからです。独自性は描けたと感じます。
 次の一手として,’15年から新たな進化の方向性の模索を始め,商業デザインとしてはありえない「アート」という目標を据えました。
 このテーマを表現した第1号車「RXVISION」と,進化させたVISIONモデルの2号機,これが「VISION COUPE」を手掛けるなかで,「日本固有の美」を意識し始めました。人の手による感覚的な創作とデジタルによる精密な創作のハイブリッドによって生み出したテーマになっております。
 次のアプローチとしては,世界のブランド群の中で存在感を示せるのか,その実力を確かめるために,デザインの本場に挑みました。目標が2つあって,1つ目はグローバルなデザイン業界の評価で世界のトップになる。2つ目は,グローバルな車好きのクラウドの中で地位を確立することです。
 この1つが,「The Most Beautiful Concept Car of the Year賞」です。ここが第一関門でした。世界中のその年にデビューした車の中で,最も美しい車を選ぶものです。年に1台のみが選ばれます。’16年にはRX-VISION,’18年にVISION COUPEが大賞をいただきました。アジア初の連続受賞で,日本の美を感じると評価され,うれしく思いました。

技を美につなげる

 しかし,ここからテーマを商品化しないといけません。
 車は鉄板でつくられているので,プレスの精度が悪く,鉄板がフォルムを維持できなかったらきれいなディレクションの光が作れません。いずれも,生産現場泣かせのデザインとなりました。
 その困難を乗り越えたのがエンジニアの意識改革でした。彼らにデザインの思考を学んでもらい,美しさを追求する集団の一員になってもらいました。結果,世界レベルの精度を誇る「匠プレス」という技を生むことになりました。さらに,ボディに塗る色の設計現場では,最終的に「ソウルレッド」という特別な赤色を生み出しました。
 車は先進技術の塊で,中身とデザインのせめぎ合いが起こります。エンジニアとデザイナーを敵と味方のような関係にしないためには,デザインの価値を早期に理解してもらうことが重要だと思います。
 ミッションの2つ目は,マツダのブランド様式を定義して形にしていく作業です。ブランド様式の柱とは商品です。個別ではなく,群として表現することにこだわりました。赤のブランドカラーもその一環です。マツダのブランド様式を体感できる販売店のデザインを手掛けました。様式の整備を10年かけて進めてきましたが,まだ道半ばです。

人の心を動かすデザインの追求

 近年,デザインの定義は大きくなって,複雑で,かつ曖昧になってきたと感じます。ですが,デザイナーの役割はシンプルに人の心を動かすことです。
 一方,世の中は変わりつつあります。自動車産業の変化も大きく全く予想ができません。保有技術は環境安全の厳しいタスククリアに使われてしまいます。感動の視点やきっかけも変わるかもしれませんし,美しさの基準や概念も変わるかもしれない。その中でも,新たな美しさを探したい。変化する時代における美の普遍性と神秘性。その答えを出すことが,私のチャレンジで持続可能な社会の創出につながると考えています。
(スライドとともに)