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2023年3月3日(金)第4,870回 例会

ウクライナと台湾情勢の真相を探る

春 名  幹 男 氏

国際ジャーナリスト
元共同通信ワシントン支局長
春 名  幹 男 

1946年京都市生まれ。大阪外国語大学(現・大阪大学)ドイツ語学科卒業。’69年共同通信社入社。ニューヨーク,ワシントンで在米報道12年。2007~’12年名古屋大学教授・特任教授,’10~’17年早大客員教授。ボーン上田記念国際記者賞,日本記者クラブ賞,早稲田ジャーナリズム大賞受賞。著書:『米中冷戦と日本』,『仮面の日米同盟』『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』等。

 プーチン大統領は旧ソ連の情報機関「KGB」(ソ連国家保安委員会)の工作員をしていて,情報に秀でた人物であることはご存知だと思いますが,その人がなぜウクライナ侵攻をしでかしたのか。当初は3,4日で終わるというのが軍事専門家の見方でしたが,そんなことはなく,この先どうなるかも分からない状態になっています。ここが,皆さん,一番疑問に感じることではないかと思います。

情報に秀でた人物がなぜ侵攻を

 1991年にソ連と共産主義は崩壊しましたが,KGB,情報機関員のネットワークは崩壊せず,いまだに続いている。ウクライナのキーウ(キエフ)にかつてKGBの支局があり,そのままウクライナの「SBU」という情報機関になっています。プーチン大統領にしてみると,「我々がよく知る国で何とでもなる。下の方から上がってきた話だと攻め込めばウクライナ人は皆,歓迎する」と。これはもう全くだめ。客観的な情報を正しく入手し,政策,安全保障に生かしていくのがインテリジェンスですが,大きな問題は傲慢になってしまうこと。独裁者というのは傲慢なんです。それが大きく災いしたのではないかと思います。
 プーチン大統領は年次教書で「攻めてきたのは欧米が先」と言いましたが,これには根拠があります。2014年を境にウクライナは大きく変わりました。ここのところが日本でも十分理解されてない。何があったかというと,プーチン大統領がスペツナズ(特殊任務部隊)を派遣し,クリミア半島を一気に占拠して併合したのです。以後,ウクライナはぐっと欧米寄りなっていきます。手を差し伸べたのが,まずはやはり米国。ここをプーチン大統領が強く認識していなかったんじゃないか。
 戦争開始後,米国はどんどん武器援助をしますが,実はロシアの侵攻が始まる前までに24億ドル,3,000億円を援助しています。武器も渡しており,例えば「ジャベリン」という対戦車ミサイル。さらにSBUの工作員を米国に招き,訓練しています。軍事顧問団が一から教えていた。それだけでなく,米国はロシアの動きについての情報も握ってきました。昨年2月24日に侵攻が始まりましたが,ロシアの戦略は筒抜けになっていた。CIA(中央情報局)は知っていたわけです。

クリミア併合が大きな転機

 ロシアのKGBの主要な部分を引き継いだ組織,FSBの工作員がウクライナに入って動いていたのですが,その段階でCIAもキャッチしていた。CIAが米政府を動かしたのが’21年10月。ホワイトハウスの大統領執務室に,国家情報長官,CIA長官,国防長官,軍人の制服組の統合参謀本部議長,国務長官らを集め,バイデン大統領に知らせています。バイデン政権はどういう戦術をとったかというと,入手した情報を可能な限り公開する。我々が知っているとばれたら,ロシアはやめるかもしれないというのが米国側の手法だったのですが,これは成功しませんでした。
 CIA長官ウィリアム・バーンズ(元駐露大使)が訪ロしてウシャコフ元駐米大使と会談し,その席でプーチンに電話をして「ウクライナを攻撃すればとてつもない代償を支払うことになる」と警告しています。この警告を真に受けず,制裁もろくに効かないとプーチン大統領は考えていた。ロシアにエネルギーを依存していれば制裁はできない,と。
 ウクライナのゼレンスキー氏は直前まで,まさか攻撃しまいと考えていたが,ロシアは2月24日に攻撃をした。しかし,ウクライナは待ち伏せをしています。キーウ郊外の空港では一旦入ったがやられてしまい,緒戦はほとんどうまくいかなかった。それがずっと響いているのです。今になってロシアは兵隊を増員していますが,逐次投入は戦争では愚の骨頂です。予測が専門家に至るまで間違っていたのは既にかなりの武器がウクライナにあり,情報も米国から得ていたからなんです。
 では,これからどうなるのか。ロシア側に20万人の死傷者が出ており,このまま行くとかなり苦戦が続くと思います。双方とも負けられない戦いで,なかなか停戦協定は結べないと思います。特にロシアは来年,大統領選挙があるから絶対に負けられない,と。核兵器を使うかもしれない。それを北朝鮮が待っているかもしれないという状況で,今は非常に危険になってきたと思います。

台湾有事はまだ差し迫っていない

 中国も状況を注視し,台湾有事は必ず起きると言われていますが,はっきり言えることは,まだ攻撃することは決定していない,これは事実だと思います。中国は半導体の70%を台湾から輸入し,しかも「TSMC」という企業からです。TSMCは世界最先端の半導体を製造することができますが,重要な工場は台湾海峡沿いにあり,創業者はこれが楯になる,と。習近平氏は先日の共産党大会でも,台湾は,必要ならば武力ででも解放すると言っていますが,一番は平和裏に解決したい。米国の軍人のトップも差し迫ってはいないとはっきり言っています。いつ起きてもおかしくない,と言っているのは日本だけです。
 台湾については,米シンクタンク「CSIS」が,有事には日本が必ず〝かなめ〟になると言っています。在日米軍が重要な役割を果たすから,と。本来,日米安保条約で在日米軍の出撃については日本政府と米国政府で事前協議をすることになっています。しかし事実上,事前協議はしなくてもいいと米国側は理解しています。では,日本が台湾有事でどんな役割を果たすのか。日米間では,防衛協力のためのガイドラインという文書を’15年に交わしています。これは自衛隊の行動について定めているのですが,日米の外務・防衛の閣僚会談である,先般の「2プラス2」では,米側がガイドラインを結ぶ必要はないとして話し合っておらず,日本の関与は全く決まっていません。トマホークを買うといった,さまざまなニュースが出ていますが,まだまだ序の口と考えてもらった方がいいと思います。