1951年奈良県生まれ。’74年国際基督教大学(ICU)卒業。同年外務省に入省し,経済協力局審議官,中東アフリカ局長,駐スペイン特命全権大使,アフガニスタン・パキスタン担当大使,経済協力開発機構(OECD)代表部特命全権大使,国連代表部特命全権大使・常駐代表を歴任。2016年外務省を退官し,’17年よりICU特別招聘教授。神田外語大学,大阪成蹊大学の客員教授を兼務。
きょうお話ししたいポイントは,ロシアによるウクライナへの侵略が始まって7ヵ月になり,この間,国連は無力だ,何とかできんのかという,こういう議論がありますので,その辺についてまず検証してみたいと思います。その結果,何が教訓か,それが日本のとるべき方策というところにつながってくるんだと思います。そういう話をしたいと思います。
元々は去年の後半からロシアのプーチン大統領の命令によって,ロシア軍がウクライナの国境に10万人ぐらい展開します。その頃から国連の安全保障理事会(安保理)で議論はずっとされているわけです。アメリカは,今回CIAの情報をかなり正確に出しました。だからどういう動きをロシアがやっているかはほとんど皆にわかっていたわけです。
2月23日には,夜の9時ぐらいからこのウクライナの議論をやっているわけです。そのさなかにテレビでは,「ロシア軍がウクライナ国境を越えた」と。しかも,そのときの安保理の議長はロシアの大使なんですよ。それで「ロシアを非難する決議案」というのを出したのはアメリカとアルバニア。これが直ちに投票に付されて,賛成11,反対1―反対はロシア,棄権は3ヵ国,中国,インド,それからアラブ首長国連邦(UAE)が棄権したんです。
国連憲章によれば,安保理の決議というのは,15ヵ国のうち過半数よりちょっと超える9票,9票とれば安保理の決議は通る。これが憲章に書いてあるんですが,「但し常任理事国の5票が入ってないといけない」と書いてあるんです。この2月25日の非難決議案は,賛成11だから9を超えている。しかし,常任理事国の1人が賛成しなかったので,これは廃案になるんです。これが拒否権。直ちに今度は国連総会で同じ議論がされるんです。そこで投票が行われて国連総会の決議案。賛成141,反対5,棄権が35で,不投票(来なかった人)12。141というのは圧倒的な多数です。ここには,ロシアは即刻戦闘行為はやめてウクライナの国境から出ていきなさいというのは書いてあるのですが,安保理の決議案と違って,総会の決議案は拘束力がありません。ロシアは無視。
この拒否権はかなり理不尽な制度ではありますけれども,国連ができるとき―これは第二次世界大戦中に国連ができるわけですが,米のルーズベルトと英のチャーチルは戦後,ソ連を国連に入れたい。何とか戦後の政治,国際秩序の中に敵になるであろうというソ連を抱き込みたい。ソ連も自分たちが権限をもらえるんだったら入ってもいいかなと。非常にいろんな駆け引きがあって,ルーズベルトとチャーチルは大きな譲歩をするんです。
常任理事国には「拒否権」を与えよう。この妥協の結果,スターリンは国連に入ることを約束するわけです。国連憲章の中にはソ連のためにいろんな仕掛けが入っている。
5大国に非常に都合のいい制度になっている結果,国連は無力。またオバマ政権の頃の政策によって米は(世界の)警察官をやめてしまうんです。これの一番大きな出来事が,2014年のロシア,プーチン大統領によるクリミアの占拠と併合。今回と全く同じですよ。当時は世界は誰も助けなかった。戦闘がなくて直ちにクリミアを抑えられてしまった。それが今回との違いですけれども,形式は同じなんですよ。国連憲章明々白々の違反ですよ。
2014年3月27日の採択,これも安保理ではつぶれるんで,総会に行ったときに,賛成100票,反対11,棄権58,無投票24―僕はこのときは国連大使です。日本はこのとき,正直言うとかなり腰が引けていた。プーチンと北方領土の交渉をやっているんです。「大使,目立ったらあきません。旗振ったらあかんで」というサインが東京から来るわけです。難しいですよ,「旗振るな,しかし賛成しろ」というのは。
今回は,かなり違いますよね。この141票というだけではなくて,G7の決定の速さ,それから制裁の内容の幅が広い,中身があるという,この辺,相当違います。
教訓の第1番は,現在の国際社会の置かれている現状というのは,国連憲章やルールがあっても違法な戦争を止めることは非常に難しい。アメリカも自分の国の国益に直結する問題でない限り軍事介入はしない。国連が無力,警察官のない世界。われわれはきちっと理解するべきだと思うんです。そうすると,今のこのウクライナは7ヵ月間戦っているんです,大変なもんですよ。結局,戦争になった場合には自国防衛は自分でしないといけない,というのが教訓の一番大きいところですかね。教訓の2番目は,今回のような明々白々の国際法違反,国連憲章の違反についても,世界の国の数でいえば25~40%ぐらいの国は立場の表明をしたくない。直接批判したくないという国はいっぱいあるわけです。
僕も国連の外交というのを合計すれば10年以上,外務省生活42年のうち10年以上国連に直接関与しましたが,結論はやっぱりこのマルチ国連外交とか,多国間の外交を支えるのは,日本がそれぞれの国とどういう強固な2国間の関係を持っているか,これによると思いますね。これからもロシアとウクライナの戦争は続きます。本当にウクライナは大変な善戦をしているし,戦争はプーチンがひっくり返らない限り終わらないでしょう。日本にとっても相当しんどい世界がくると思いますね。エネルギーの価格とか,それぞれの国とやっぱり相当問題が深くなっている。ウクライナ問題は自分の問題だと思いますので,ぜひ引き続き関心を持っていただければと思います。