1979年東京大学法学部卒業,防衛庁(現防衛省)入庁。’86年米タフツ大学フレッチャースクルール修士課程修了。2004年防衛庁防衛政策課長,’10年,防衛省人事教育局長,’13年同省防衛政策局長,’14年防衛審議官,’15年同省退職。政策研究大学院客員教授などを務める。専門は日米同盟,防衛法制,海洋安全保障で多数の論文を発表している。
1978年に設立された平和・安全保障研究所は,猪木正道先生や高坂正堯先生といった,まさに関西が生んだ「知の巨人」といわれる人たちが中心となって作り上げた研究所です。多くの安全保障の研究者を送り出しており,また大阪大学大学院の国際公共政策学研究科の皆さんと共催で毎年秋にシンポジウムを開いていますので,今年の開催の際にはぜひご参加いただけたら幸いでございます。
ロシアのウクライナ侵攻が始まってから,3ヵ月以上経過しています。問題解決のためには国際協力が絶対に必要であると同時に,日本に対する期待も非常に大きなものがあると思います。何といっても日本にとっては国際貢献の問題ではなくて,日本自体の安全保障の問題であるというような意識がかなり大きくなっています。
ロシアはアジアの一国でもあって,日本はロシアの隣人であるだけでなく,北朝鮮,中国を含めた三つの核保有国と隣り合わせています。このような場所は世界でここだけです。北朝鮮はミサイルの発射を繰り返しており,今年は半年足らずで昨年の3倍の18発以上のミサイルを打っています。中国も尖閣諸島周辺での活動を活発化させています。
ロシアは,日本による制裁に対抗して日本との平和条約の締結交渉を中断していますし,冷戦時代を彷彿とさせるように,津軽,宗谷,対馬の海峡をロシア海軍の船が通過しています。日米豪印の首脳会談が行われた5月24日には,中国とロシアの爆撃機が共同飛行を実施しました。北朝鮮の核開発はますます進むだろうと思います。もしかしたらロシアが核兵器を使うかもしれないということで米国がウクライナ問題への直接介入を控えているのだろうと,北朝鮮は考えているかもしれません。北朝鮮は核兵器の威力を改めて認識していると思います。
次に中国と台湾との関係についてですが,ウクライナが置かれている状況と,台湾が置かれている状況は違います。仮にウクライナ侵攻がロシアの勝利に終わったとしても,中国の台湾への武力行使にそのまま直結することはないかもしれません。中国は台湾に対する武力行使のコストを慎重に見極めています。ウクライナ側の強い抵抗がロシアにとって厄介であるのと同様に,台湾側の抵抗も中国には非常に厄介なものになるからです。
台湾に対する防衛について,米国はこれまでわざと曖昧にしてきましたが,最近のバイデン大統領の発言をみると,だんだん曖昧ではなくなってきています。中国が台湾に武力行使を行えば,米国はウクライナに対する対応とは違って必ず介入してくるだろうと中国側はみているといわれており,私もそうだろうと思います。
他方,中国経済の国際的な重みはロシア経済の国際的な重みとは大きく異なります。中国の経済規模は世界第2位であり,ロシアは10位か11位ぐらいです。中国は多くの国にとって最大の貿易国であり,中国に対して本気で厳しい経済制裁を取ることが可能かどうかは疑問があります。
ただ,「今日のウクライナは明日の台湾」という不安が台湾では広がっているとよく報じられています。ロシア侵攻が台湾の安全保障にどういう影響を与えるかは評価が難しいところでありますが,台湾問題に対する国際社会の関心が非常に高くなっているということは事実です。新型コロナ対策を巡り,国際社会における台湾のプレゼンスが,ウクライナ問題の以前から非常に高まっていますから,このことも中国にとっては不利に働くのかもしれません。
今後の日本の安全保障について述べたいと思います。ウクライナと異なり,日本は米国と強い同盟関係にありますが,三つの課題があり,全く安心できません。
一つ目に,日本の大幅な防衛力強化がやはり必要です。脅威はロシアだけでなく,より強い中国,全くよくわからない北朝鮮との脅威に備えなければいけません。必要なものにはしっかりと予算を確保していく態度が重要で,何でもいいからとにかく防衛費をGDP比で2%に引き上げるという議論は,正しいアプローチとはいえません。必要なものとは,なんといっても「情報戦能力」です。今や情報そのものが武器,弾薬となっています。また,日本は核兵器を持つべきでないと思いますが,核兵器や化学兵器,生物兵器が使われたときの防護,特に核シェルターはきちんと整備をしていくべきです。
二つ目は,日米同盟の強化です。特に重要なことが二つあり,その一つは緊急事態において日本の空港や港湾を円滑に使えるようにするということです。緊急事態になる前からおそらく,米軍の航空機や船が大量にやってくるわけですから,これらを受け入れて米国の作戦を支援する必要があります。もう一つは,米国の核の傘における信頼性の強化です。最近まで「核の共有」ということがいわれましたが,私はあまり意味がないだろうと思っています。核兵器を共有しても,核兵器の使用の決定は米国がするわけですから,核の傘の信頼性が増すわけではありません。むしろ日本は,核兵器を使ってでも守るべき価値のある国だと米国に理解させることの方がはるかに重要です。
最後に米国だけではなくて,欧州諸国との安全保障協力もやはり必要だろうと思います。今や欧州の安全とアジアの安全は結びついているという認識が広く共有されるようになってきていますが,こういう認識をさらに強化していくことが今後の世界にとって非常に重要だろうと思います。
(スライドとともに)