1952年三重県生まれ。’76年東京大学教養学部卒業後,外務省入省。2006年駐米公使,’08年アジア大洋州局長,’11年インド駐箚特命全権大使を歴任。’12年外務審議官,’13年外務事務次官を経て,’16年6月に同省退官。同年9月に三菱商事(株)顧問に就任後,’17年6月より同社取締役に就任,現在に至る。この他(公財)中東調査会 理事も務めている。
日本では新型コロナが終息に向かいつつあります。油断はまだできないものの,これまでずっと我慢してこられた方も,行楽地にあるいは繁華街に繰り出しています。新型コロナの第6波が来ることがないようにと願いながら,経済活動や社会活動が早く元に戻ってもらいたいと,皆様と同じ気持ちでいるところでございます。欧米では,またまた新型コロナの感染が広がっています。日本は7割以上の人がワクチンを打つ状況に達しましたが,どうも欧米を含めてまだまだそこに至っていません。世界がまだまだ機能不全にある中で,今日はちょっと偉そうな「世界はどこへ向かうのか?」というタイトルでお話ししたいと思います。
まずは米国です。バイデン政権は大丈夫でしょうか。今年1月に大統領に就任して以来,支持率は40%まで落ちています。テレビの画面で見ると大分お疲れの表情です。バイデンさんは40年近く議会人でした。外交委員長を長らく務め,外交も非常に得意です。ところが,得意なはずの外交と議会でつまずいてしまい,支持率の低下につながっているとみられます。
就任当時,米国は分断されていました。もう一度米国を統一するんだと訴えたバイデンさんに投票したのが8,100万人。トランプさんにも7,400万人が票を入れ,その差700万の票差は縮まっていません。次の大統領選でバイデンさんは再選を目指すと言っていますが,体力的なことも含めて,果たしてもつでしょうか。年をとった人を再選させるのはかなりリスクがあります。女性を大統領に選ぶというのもハードルが高いといえます。米国は非常に保守的な国です。民主党は東海岸と西海岸でのみ票を集めており,中西部は保守的な人たちばかりです。この人たちが本当に次の大統領選で女性を選ぶのか,これはよくわかりません。
外交について,バイデンさんは表面的にはいいのですが,肝心の細かいところで同盟国との協議が十分にできていません。アフガニスタンからの米軍の撤退の際にも,NATOの同盟国とほとんど相談しないで引き揚げてしまい,大混乱が生じてタリバンが乗っ取ったわけです。米中関係では,表面的にはトランプさんのときのようなけんか状態は収まっていますが,議会は上院,下院こぞってアンチ中国になっています。民主党は人権尊重が1丁目1番地みたいなもので,これを引っ込めるわけにはいかず,バイデンさんが少しでも手を緩めると突き上げを食らいます。誰が大統領になっても,アメリカファーストでやらざるを得ない状況になっていると思います。
次は中国です。習近平さんが2012年秋に中国共産党のトップに選ばれてから,「中国の夢」という言葉をずっと使っています。そして100年というキリのいい数字を重視しており,一つ目は,今年7月の中国共産党創立100周年で,共産党が中国をしっかりと治めてきたという業績を誇示した大セレモニーを行いました。二つ目は2049年の建国100周年です。中国はこの2つの100年というのを非常に意識しながら,内政と外交を行っています。そして,「中華民族の偉大な復興を!」というスローガンにも人々は熱狂しています。香港やマカオを取り戻し,次は台湾の統一を求めています。
一方,課題は少子高齢化です。労働力,あるいは兵力という観点からいうと,中国にとって大変深刻な問題だと認識されています。「未富先老」という言葉があります。まだ皆豊かになっていないのに,どんどん高齢化が進んでいるという実態を表しており,習近平政権にとってのキーワードになっています。習近平さんの権力基盤は果たして安定しているのでしょうか。来年11月の第20回党大会で,トップである習近平さんの3選がほぼ既定路線となっていますが,本当にそうでしょうか。中国経済の死角は,先ほど申し上げた少子高齢化です。米国は中国の覇権を許しません。GDPが今6割ぐらいまで来ていますが,これ以上超えると米国は中国にだんだんと厳しくあたると思います。
中東はまだまだ混迷の状態が続くと思いますし,朝鮮半島でも,日韓関係は漂流しています。北朝鮮と日本の関係も,拉致問題があることから,正常化はできないと考えています。
そういう中での,「日本はどこへ向かうのか」です。まずは内政の課題について,私は必ずしも専門家ではありませんが,財政赤字の話や,新型コロナに関しての10万円給付の話が出ていますけれども,結局は負担が先送りされているだけですから,大変なことになると思います。あと教育問題,それから皇室,皇位の安定の課題もあります。皇室の問題は最近の事情を見てもなかなか大変だと,皆さん感じているのではないでしょうか。
日本の課題として一番大事なことは,国の安全保障そのものに関わることでもありますが,内政と外交両方に関わるサイバーセキュリティ対策です。日本企業は今,こぞってDX化を進めています。それは必然だと思うのですが,脆弱なところは何かというと,全てコンピューターで結ばれているということです。民間のハッカーがコンピューターを無能力化してしまうと,社会インフラは一気に麻痺してしまいます。この安全保障上の脆弱な部分について,果たして日本政府は,あるいは日本の経済界はどこまで自覚して手当てをしているのでしょうか。
台湾有事が取りざたされていますが,サイバーアタックが最も有効な手段だとは台湾も認めています。血を流さないでも相手を乗っ取れる,これが21世紀版の戦争の一つの形態ではないかと考えています。
(スライドとともに)