京都大学経営管理大学院博士後期課程修了。博士(経営科学)。デザインコンサルティング企業においてUX(ユーザーエクスペリエンス)デザインの専門事業立ち上げに参画後,2011年に株式会社インフォバーンに入社。UXデザイン,サービスデザインを中心としたデザイン・コンサルティング事業の統括を行う。並行してデザイン教育に従事し,’25年4月より立命館大学にて現職に就任。
この4月,立命館大学にデザイン・アート学部が新設され,私は教員・研究者として勤務しています。私の研究対象は,「いろ・もの・かたち」には表れない,目に見えない「体験」です。見ることも触れることもできないものを含めたデザインの研究と実践に取り組んでいます。
欧州では,社会に変革をもたらす社会起業家や,社会貢献を目指す企業・スタートアップへの投資と育成が盛んです。短期的な利益だけでなく,社会と経済の長期的な発展を同時に追求しています。社会に貢献する企業,スタートアップに投資をして大きくしようという動きが北米よりも盛んです。欧州は何度もの戦争で,つぶれては立ち上がってきました。陸続きのため,いつ争いが起きてもおかしくない環境で,いかに持続可能な社会,世界を作るのかについて非常に敏感なのです。
こうしたイノベーションの動態を受けて企業観も変化しています。北米では「ゼブラ企業」という企業観が生まれ,注目を集めています。従来,高い資産価値や市場価値を持つ未上場企業「ユニコーン」が称賛されてきましたが,ここ5~10年ほどは批判も強まっています。1社が産業を独占的に席巻すれば,その企業は成長しても,周辺の企業や産業が育たない場合があります。それで持続可能な社会・経済・産業を築けるのか,疑問が生じているのです。
その対抗概念として生まれたのが「ゼブラ企業」です。シマウマが群れで助け合いながら生き延びる姿になぞらえ,企業群や産地全体を底上げしようとする考え方です。地域が一体となって,若い世代の流出や産業の地盤沈下を防ぎ,新たな収益を生み出すことを目指します。経済的利益と社会貢献を二者択一とせず,両立させようとするものです。
ゼブラ企業は日本でも注目され,経済産業省や中小企業庁など五つの省庁が「ローカル・ゼブラ」として支援しています。中心となるのは,首都圏以外に拠点を置く社歴の長い企業で,30代後半から40代半ばの人々が経営者として老舗企業を承継する動きが見られます。
ゼブラ企業は,「白黒をつけない」「二元論をいったん中断する」と考えます。経済的な利益の確保と社会に良い影響を与える活動の両方を追うのはある意味で非合理ですが,100年,200年先の社会を考えるなら,従来は両立困難として脇に置かれてきたものを,中心に据えざるを得ません。
ビジネスでは,これまで「顧客中心」「ユーザー中心」が常識とされてきました。しかし,それだけで十分でしょうか。私は元々ユーザーリサーチを専門としています。15年ほど前なら,製品や消費者を丁寧に調査すれば何らかの 課題が見つかり,その改善策を製品やサービスに反映することで成果につながりました。
しかし最近は,多くの人が現状に満足し,特に困っていません。より良いものがあっても,高度なニーズを満たすために2倍,3倍の対価を払うかと尋ねると,「必要ありません。今のままで十分です」という答えが返ってきます。限界までニーズを満たしても販売数が思うほど伸びない,成長余地の乏しい製品や産業分野が増えたと思います。合理的なユーザー中心の考え方が限界を迎えた領域もあるのではないでしょうか。
製品やサービス,空間の意味と価値は変化します。デザインの世界では,それらを決めるものを「コンテクスト」と呼びます。コンテクストは,人が置かれた場所や状況,時代の空気,互いの気分,人が正義とみなす価値観などの組み合わせによって,その都度つくられます。したがって,意味や価値は合理性だけでは決まりません。
人や場所,時間帯など,コンテクストを構成する要素を「アクター」と呼びます。さまざまなアクターの配置や関係性によってコンテクストが形成・更新されるため,意味と価値もその都度変わります。
ビジネスや企業,社会にとって何に意味や価値があるのかを察知するには,社会を「よく見る」ことが重要です。ここに,横軸を1975年から2010年,縦軸を出荷量とした,欧州のろうそく出荷量のグラフがあります。1975年から’95年ごろまでは横ばいでしたが,’90年代半ばを境に急増しています。
ろうそくは照明具として電気に取って代わられ,その価値を失ったはずでした。それにもかかわらず,なぜ’90年代半ばから出荷量 が伸びたのでしょうか。’95年に「Windows 95」が登場し,インターネットが普及してIT化が進みました。それ以前は,仕事を終えれば顧客との連絡も途切れていましたが,電子メールや携帯電話によって常に仕事とつながる生活へと変わりました。その忙しさの中で,癒やしをもたらすものとして,ろうそくの意味が見直されたのです。
ろうそく自体は変わっていません。社会環境やライフスタイルの変化によって,その「意味」が変わったのです。古い照明具から,空間を心地よく演出するインテリア製品へと価値が転換しました。これを「意味のイノベーション」と呼びます。
ユーザー中心の発想は重要ですが,顧客を合理的に行動する存在としてのみ捉えるべきではありません。この事例はそのことを示しています。そもそも「ユーザー」という概念は近代的な発想です。私たちは幸せになるために生きており,「ユーザー」として生まれてきたわけではありません。
価値を生み出すには,まず,これまで当然とされてきた意味や価値を疑うことです。次に,数十年先に当たり前となってほしい姿をビジョンとして描きます。そして,その実現に向けた問いを立て,解決策を模索し,実践していくことが求められます。次世代の担い手,若い方々に期待したいと思いますし,皆さんで応援していきたいと思います。
(スライドとともに)