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2021年3月12日(金)第4,781回 例会

こどもに音楽の機関車を

丸 谷  明 夫 氏

大阪府立淀川工科高等学校
名誉教諭・吹奏楽部顧問
大阪音楽大学 客員教授
(一社)全日本吹奏楽部連盟 理事長
丸 谷  明 夫 

淀工吹奏楽部を指揮し吹奏楽の甲子園といわれる『全日本吹奏楽コンクール』に40回出場(全国最多の金賞受賞)。全国各地への招待演奏旅行も多数行い好評を博す。200名近くの部員を3グループに分け,独特の指導と運営により楽しく活気に満ちた部活動を展開。全国大会の市販ビデオや吹奏楽専門誌の記事により全国に多くのファンを持つ。大阪府立高校で「名誉教諭」の称号は,森繁久弥氏と2人。1992年第1回音楽教育振興賞受賞。2005年第54回読売教育賞受賞。’10年第45回大阪市民表彰(文化功労)受章。’14年大阪府・市による「大阪文化賞」受賞。’19年「平成31年度文化庁長官表彰」を受ける。

 吹奏楽というのは,わかりやすく言えば,オーケストラの弦がないみたいなものですが,そういう引き算の音楽ではなく,一種の大きな柱,大きな音楽の一つのジャンルだと思っています。どういう特徴があるのかからお話ししたいと思います。

思いを表現しやすい楽器

 まず,熱い息を手にかけていただけないでしょうか。次に,冷たい息をかけていただきましょうか。熱い息をかけようと思ったら熱い息が出てきて,冷たい息を出そうと思ったら冷たい息が出る。これ,すごいことだと思いませんか。自分が思ったら,その思ったことが息にできる。管楽器というのは,大変思ったことを表現しやすい楽器です。それが集まって演奏するのですから,一人一人の子どもが本当に思った思いを音に乗せれば,いい演奏ができる。息というのは,自らの心です。吹奏楽の魅力は思ったことが音にできるということです。
 大抵は息を入れて,手を動かすだけという作業にかかっているわけです。だから説得力がない。本当に思ったことを一生懸命やると,音に乗せると,もっといい演奏になるんじゃなかろうかと。
 私が小学校4年生のとき,母親が亡くなりました。父親は自暴自棄になって大変貧困になったわけです。そのときお金を貯めて,貯めてやっと買った小さな笛を,夜,吹いたらあかんでと怒られながら吹いていました。
 小学校4年生のとき,自分のできる楽器を持ってきなさいということでした。お金持ちの子は,講堂の奥に行ってピアノを弾きました。ハーモニカを吹いてる子もいました。僕は笛を練習しました。教室で「朧月夜」を吹いたんです。終わった後,先生は一言だけおっしゃいました。涙をためて,「あんたの笛はええなぁ」と。技術的にこうせい,ああせいは一切おっしゃいませんでした。その先生の言葉,その眼差しを今も覚えております。

子どもの心に火を点ける

 中学3年生のとき,進学は考えられなかったんですが,近所のおばちゃんが僕に,「兄ちゃん,就職決まったん?」と言われたんです。子ども心にカチンときまして,衝動的に近くの工業高校へ行きました。
 朝は3時過ぎに起きて,中央卸売市場の鯛屋さんに行ってました。それが終わってすぐに帰ってきて学校へ行ったわけですが,高校で担任になった先生がよかったのです。社会科の先生でしたが,吹奏楽部の顧問でもありました。
 先生は,僕が何かやろうとしたときに,それを全部聞いてくれました。指示されたり,指導されたりは全くしませんでした。やりたい放題できたので,今日あるのはこの先生のお陰やと思っておりますが,何も教えてくれませんでした。だけど,自分らの発案したことを先生は全部聞いてくれた。今頃になって感じることですが,手取り足取り教えることは教育ではなくて,子どもの心に火を点けることが教師の仕事かなと,今頃になって,何もやってくれなかった先生が一番の先生だと思っております。
 高校2年生のとき,皆の推薦でクラブの指揮者になりました。発表会があり,講評をされる先生から,小学生の方が上手かったと言われました。悔しくて,その小学校に見学に行き,小学生の演奏を聞きました。むちゃくちゃ上手い。負けたなと思いました。
 しかし,なぜこの小学生が高校生よりもいい演奏をするのか,どうしてもわかりませんでした。後にその先生が本を出されました。この題に震えました,「こどもに音楽の機関車を」。先生だけが華麗な機関車に乗って子どもを引っ張るんじゃなくて,一人一人の子どもに音楽の機関車を持たせましょう,主体的に任せましょう,子ども一人一人が指揮者になって演奏しましょう。私はこれで少しわかったような気がしました。以来50年,子どもたちに音楽の機関車を持たすために日夜取り組んでいます。そうすることによって,本当にいい演奏がどんどんと出てくるような気がいたします。

1人ずつしっかり歩け

 「マーチング」といって,歩きながら演奏することがあります。ほとんどのバンドは,真ん中とか端の上級生に合わすようにする。「合わせて歩きなさい」。しかし,私どもは全然違います。「1人ずつしっかり歩け」と言う。そんなバンドが50人,80人,一人一人が音楽の機関車を持って歩くのと,誰かに合わそうと思って歩いているようなバンドとは,差がつくのは当然です。いつも子どもたちにそういうことをやりながら,どうしたら子どもたちが,いいエネルギーを持って音楽をやってくれるのか考えている次第です。
 僕は子どもが好きなんです。そして音楽が好きで,何よりも学校という空間が好きなんです。学校の横に住んで,学校に行くのがうれしいんです。子どもたちと会うのがうれしい。そして音楽ができるということで,学校をウロウロしていても後ろ指を指されない程度の今の仕事が,私には大変ありがたい仕事でございます。
 ただ,子どもが先生の道具にならないように。学校の名誉のための道具にならないように。それだけは,強く気をつけてやっているつもりです。
(スライド・映像とともに)