1945年香川県生まれ。'68年京都大学理学部卒業,'74年同大学理学博士。'99年東京大学理学系研究科ビッグバン宇宙国際研究センター長。'06年東京大学理学系研究科教授。日本物理学会会長,日本天文学会評議員。著書「宇宙はこうして誕生した」など多数。
ヒンズー教には3つの神様がおられます。シヴア神は宇宙を破壊する神様です。右手に持つ小太鼓で宇宙の創生を奏で,真ん中の手で宇宙を発展進化させ,左の手に持つ,とがったもので宇宙を破壊します。ヒンズー教では,宇宙を創生する神様はブラフマー神,維持発展させる神様はヴィシュヌ神です。そしてシヴァ神が破壊するのです。この3つの神様は実は三神一体です。人間は,有史以来,世界の始まりはいつか,空間の果てはどうなっているのか,哲学や宗教を通して考え続けてきました。
こうした問題を議論できるようになったのは,20世紀に物理学が大きく進んでからです。現代の物理学の体系は,アインシュタインの一般相対性理論,量子論の上につくられています。物理学の体系により科学,生物学,医学もあるわけで,現代の科学の基盤,根幹をなすのが物理学です。アインシュタインは,1916年に最終的な相対論を完成しました。
相対性理論が世界の始まりや終わり,空間の果てを議論できる初めての理論なのです。「この世界は物理学の法則に従って動いている」と物理学者は信じています。ようやく今日,科学の言葉,物理学の言葉で答えられる時代になったのです。
私たちは,太陽系の第三惑星,地球に住んでいます。太陽系の天の川銀河には太陽と同じように自分で光る星が2,000億個,それがレンズ状に集まっています。太陽は,天の川銀河の中心から大体3万光年の距離にあります。
もっと大きな世界で見ると,天の川銀河は小マゼラン雲,大マゼラン雲という子どもを引き連れています。隣にはアンドロメダ銀河があり,230万光年ぐらい離れています。
この間は大体真空です。銀河が密集しているところをグレイトウォールといいます。万里の長城です。ここからグレイトウォールまでの距離は4億光年です。
1929年,エドウィン・ハッブルというアメリカの天文学者が偉大な発見をしました。「私たちの銀河の宇宙は,あたかも風船を膨らますように膨れている」ことを望遠鏡を使って天文学的に明らかにしました。風船を膨らますと,銀河と銀河の距離が延びます。これは本当にノーベル賞級の発見です。宇宙はある時刻に始まったことを天文学的に示したからです。
もう1つ大事なことは,「この世界は永遠不変ではなく,始まりがあり,動的に進化する存在である」ということです。人間の世界観を大きく変える偉大な発見でした。
宇宙はビッグバンの火の玉で始まりました。どのように膨張しているかは一般相対性理論でわかります。しかし,時刻ゼロという瞬間は,実は数学的に議論ができない「特異点」で始まったことになります。
今日,宇宙創生のシナリオは「インフレーション理論」で説明されます。宇宙は,“無”から創生されました。そして,誕生直後にインフレーションという急激な膨張を起こしたのです。時間の経過に伴い倍々ゲームで大きくなるメカニズムを見つけたのです。最初は素粒子のように小さな宇宙が,何億光年というような大きさになりました。
急激な膨張が終わると,「相転移」が起きます。水が氷になるように性質がガラッと変わることを相転移と言います。例えば水が氷になるときには,1グラム当たり80カロリーの潜熱が生まれます。同様に宇宙でも,ものすごい熱のエネルギーが解放されます。
これによって火の玉の宇宙が生まれたと考えられています。膨張の時代に,わずかながら小さなデコボコが生まれ,インフレーションが終わった後,このデコボコがだんだん成長し,次第に銀河や星やそういう天体になっていくわけです。人間も宇宙の構造物の1つです。
自然科学はどんなにしっかりした理論でも,実験や観測で確かめなければ,ただのお話です。宇宙論は,かつては定年退職した大学の先生が暇つぶしにやる学問でした。絶対に観測して確認されないから何を言ってもかまわなかった。しかし,この100年間で様々なことが観測で分かる時代になったのです。今や宇宙論は若者の研究分野です。観測をして理論を新しくつくるのは若者です。
実は宇宙では大変うれしいことに,平気で過去が見えます,過去の写真が撮れるのです。グレイトウォールで輝いている銀河や星は今はもうないかもしれない。それは4億光年前に輝いていたのです。宇宙開闢の瞬間も原理的には写真を撮れます。
ただし,写真を撮るためには宇宙が透明でなければダメです。透明なのは宇宙が始まって30万年以後です。1992年,アメリカのCOBEという人工衛星が宇宙が始まって30万年後の姿を写真に撮りました。宇宙の誕生からの年齢は「137±2億年」ということも分かっています。
しかし,知れば知るほど新たな謎も生まれます。大きな謎は宇宙をつくる物質ですが,暗黒エネルギーというものが宇宙のエネルギー物質の96%もあるということがわかりました。これは全く正体がわからないものです。
有名なポール・ゴーギャンの晩年の作品には「われら何処より来たりしや。われら何者なるや。われら何処に去らんとするや」というタイトルがあります。これを今私たちは科学の言葉で説明できる素晴らしい時代になったのです。