1950年静岡県生まれ。'74年東京大学経済学部卒業,同年日本銀行入行。営業局証券課長,企画局企画課長,同参事などを経,'00年審議役(政策企画担当),'01年システム情報局長,'02年考査局長,'04年日本銀行理事,'05年同・大阪支店長。2005年10月当クラブ入会。PH準フェロー・準米山功労者。
きょうは,お札の話から始め,金融政策,特に量的緩和解除後の政策についてお話します。日銀の仕事は「銀行券(お札)の発行」です。お札は日銀にとっては預金証書。無利息で期限のない預金証書を皆さんにお渡しし,人々はそれを取引の決済手段として使っています。この仕組みは人類の英知の賜物です。一万円札の表側の中央下に押してあるのは日銀総裁の判です。品のある濃い赤色で鮮やかに印刷されております。我々は福井総裁が判を1枚1枚押して1人1人にお渡している,こんなイメージで仕事をしているつもりです。
皆さんが銀行で預金を下ろしたりして銀行に手持ちの銀行券がなくなると,銀行は日銀に持つ当座預金の口座からお金を下ろします。この時が銀行券の発行です。当座預金の額が足らなくなると,今度はゆとりのある銀行から借りて補充します。この銀行同士の貸し借りは通常今日借りて明日返すという契約で,その金利を翌日物のコールレートと呼んでいます。借り先を見つけられない時は,その銀行は日銀に国債など売ったり,お金を公定歩合で借りたりして当座預金に補充するのです。
グリーンスパン氏に代わり2月からアメリカの中央銀行であるFRBの議長にベン・バーナンキ氏が就任しました。彼が議長になる前に来日したことがあります。デフレ脱却に苦労している日銀に対して彼は「日銀はもっといろいろな物を買って,お札をどんどん出したらいい。本当に買うものがなければケチャップでも買ったらどうか」と提案しました。このアイデアは日銀が銀行からではなくて,皆さんからいろいろな物や資産を買うことでお札を発行するやり方です。結局,こういう異例の策をとらなくても何とかデフレから脱却できそうになりましたが,日銀内では,それ以来彼のことを「ケチャップのベン」と呼んでいます(笑)。多分米国が不景気になりドルのお札をいっぱい出さなければいけない時に彼は大量にケチャップを買うのではないかと楽しみにしています。
金融政策の話に移ります。3月9日,日銀は量的緩和の解除を決めました。量を調節して緩和を促す政策を解除して,以前のような金利を操作する枠組みに戻しました。量的緩和の量とは,銀行が日銀に預けている当座預金の残高を指します。量的緩和というのは,日銀が銀行から国債など金融資産をいっぱい買うことで,たっぷり資金を銀行に供給することです。銀行の当座預金の所要準備額は大体5兆円です。この額を大幅に上回る大きな額の資金を供給し続けることが量的緩和です。
銀行の当座預金というお財布にはたっぷりお金が入るので,銀行間で貸し借りする必要はなくなります。そうなると貸し借りの金利は0%になります。これが「ゼロ金利政策」です。これからはその金利を動かす政策に戻すということです。翌日物コールレートは世界中の円金利の基点になるものです。翌日物コールレートが動くと,預金金利や貸出金利,10年物国債,あるいは30年ものの住宅ローン金利が動きます。
この先の金利ですが,総裁は「しばらくの間はゼロ金利が続く」と明言しています。いま30兆円くらいの当座預金残高を3カ月ぐらいかけて5兆円に減らします。その間は必要額よりも当座預金の残高が多い状態が続きますから,金融機関同士で資金のやり取りの必要性はなくゼロ金利が続くということです。経済がさらによくなれば,金利は徐々に上がると考えるのが自然です。そうでないと採算が合わない投資物件にもお金がつきバブル経済になりかねません。そういう見地から今の金利水準を見ると,率直に言って,経済の活発度に比べて金利は少し低めになっています。
意図的に低くしている水準から正常な水準に持っていく作業が残っています。日本経済はまだ病み上がりですから,ゼロ金利から少し金利は上がるということになっても上がり方は大変緩やかなものになるでしょう。
日銀にインフレターゲット導入を求める声があります。インフレの目標を定め金融政策を運営することです。日銀の先行きの政策運営がわかりやすくなり,将来の金利予測もしやすくなるという発想です。しかし実務的には難しい問題をはらんでいます。金融政策の機動性が損なわれる恐れがあります。金融政策は物価以外のリスクもよくよく注意してみないと,結局長い目で見て物価の安定を確保できないことになりかねない。例えばバブルのリスクが懸念されている時です。インフレターゲット内で物価が安定していても,それが足かせになり機動的に動けないと経済が不安定になりかねません。
それに日銀の政策は9人の政策委員が合議体で決めています。メンバーの任期は5年なので毎年1人か2人は代わります。メンバーが代わるとインフレ目標も変わる可能性があります。肝心の目標がコロコロ変わると,かえって日銀の政策が読みにくくなります。今回,日銀が示した枠組みは,政策委員会の各メンバーが長い目で見て物価が安定していると考える水準を世間に示し,その元で政策を決めていくということです。消費者物価で0%から2%,その中心は大体1%ぐらいと今のメンバーは考えています。そこから皆さんは政策を予測していただければと思います。 関西財界の皆様からは常に温かい励ましをいただいております。是非これからもご支援をお願いします。