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2005年10月7日(金)第4,087回 例会

医療と職業奉仕

松 田   暉 君

会 員(外科医) 松 田   暉

1941年生まれ。 '66年大阪大学医学部卒業,'72年大阪大学医学部助手(第一外科講座), 講師, 助教授を経て, '91年教授。
2002年同大学附属病院病院長。'05年兵庫医科大学理事。 日本外科学会・日本胸部外科学会・日本心臓移植研究会・日本心臓血管外科学会など多数の学会団体の役員など歴任。

 職業奉仕について医者をしております私の経験を踏まえて話したいと思います。奉仕と言いますとサービス,あるいはボランティア的なことを考えていたんですが,それぞれの自分の生業といいますか,仕事を全うしていけば社会に貢献することになる,それが職業奉仕である。肩ひじ張って奉仕,奉仕と言わなくても,与えられた仕事を一生懸命していればいいんだよ,これが私の結論です。

仕事を全うすれば社会貢献

 もともと医者は,患者さんのために,社会のために奉仕をしろというのが基本。欧米は卒業のときに「ヒポクラテスの誓い」というのを皆で声を出して読んで,それなりのセレモニーがあるようです。これは紀元前400年ごろの話で,「この術を私に教えた人をわが親のごとく敬い,わが財を分かって,その必要あるとき助ける。その子孫を私自身の兄弟のごとくみて,彼らが学ぶことを欲すれば報酬なしにこの術を教える」などなど。この職業は非常に崇高なものだからそれはちゃんと守りなさい,ただ,そうやすやすと渡すものではないというように理解しています。

 今は患者さんに説明して,納得してもらってから治療をするというのがインフォームドコンセントの精神なんですが,その悪い代表に「ヒポクラテスの誓い」の中にあるパターナリズム(力や能力を持った者が持たぬ者に対して配慮すること),「由らしむべし知らしむべからず」という話が出てくる。日本の医学部ではあんまりこういう精神論的な教育はない,少なくとも阪大医学部はなかった。医者がどういうものであるというのは,なにも卒業するときに読み上げてどうというものではなくて,見習いながら医者として成長しながら身につける,上の先生を見ながら,あるいは自分の家が医療をしていたら親兄弟を見ながらということだと思うんです。

 医者というのは何も職業奉仕ということにこだわらなくてもいいんですが,医療というものの原点は何かというのを考える機会がないといけないと思うんです。医療を取り巻く環境というのは本当に厳しくて,ついつい職業奉仕ということに対しての意識が薄れてくるかなと思っています。例えば医療訴訟がどんどん増えてきていまして,しかも負けるケースが増えてきている。医者がやることは全部正しいということではなくて,医療過誤みたいなものも起こってきますが,それでいいと言っているわけではないのですが,しようがないなというところも当然医療にはあるんです。欧米では大体そういうものは民事の対象になっているんです。やっぱりお金の世界になってくる。

医者の職業リスク

 日本では刑法の世界になるんです。医療過誤といっても明らかにひどいのは別ですが,精いっぱいいろいろやるけどもうまくいかなかった場合でも訴えられるケースがあって,それが予期しない急に何か起こったときには警察沙汰になる。思い切っていろいろ新しいことを含めて大変リスクのある患者さんに手術するとかいうときに,腰が引けてくるんです。例えば外科に来る学生が少なくなったり,リスクが高い低い,収入面,そういうところで自分の専門を選んだりするんです。若い学生が「心臓外科はおもしろい大変魅力的だけど,とてもあんないろいろリスクが伴うのはようしません」とか言うんです。

 私は卒業して第一外科に入りましたが,何人もの先生が朝から晩までずーっと働いている。そういうところに学生も集まったんですが,今はそういうのははやらなくて,9時~5時で,土・日は休めて家族と一緒にと,どうしてもそういう傾向が強いのです。

 一方,研究の方はまた別な視点なんです。1つの発見とか仕事が,ものすごく広がるわけです。例えばある糖尿病の薬を見つけたとしますと,もう何万人どころではない,何千万,何億と広がるんです。学生に「外科とかへ行ったら一生診れる数は決まっとるぞ。こっちの研究したら,何万人,何千万人という人を助けられるんだ」と言うことがあるんですが,そういうロマンもいいと思うんです。

 医者というのは,職業として節目,節目,正念場で頑張るというのが幾つかあると思うんです。そこを乗り切っていっているうちに,自分なりの世界ができてきて,結果的に社会奉仕,職業奉仕になっているのかなと思います。一般企業の方は,物を売って会社の利益が上がって,消費者はいい物だと喜んで,それで成り立っているわけです。

やっぱり医療=公益

 医療=公益性=非営利性という,暗黙の世界というか了解事項みたいなものがベースにはあるんです。やっぱり医療=公益である。われわれかすみを食って生きていけないので,営利という言葉は当てはまらないけれどもそれなりの待遇もあるし,現実には今世の中で言うと開業医も含めて医者は職業の中ではいいクラスになっている。ただ,日本の医療費は対国内総生産でいうと非常に少ない。

 ソ連が崩壊してロシアになったときに,日本に医療制度を見に来て,「日本の医療制度は見習わないでおこう」と言って帰ったという笑い話もあって,そういう意味でいろいろな縛りがある。一緒に働く看護師さんの医療が限られているとか,医者が思い切って自分の能力を発揮できて,それが社会に貢献できる。私もこれからそういうふうに心がけて,たまには職業奉仕というのも少し考えながら,医者として,あるいは後進を育てたりしていきたいと思います。