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2007年6月1日(金)第4,162回 例会

日本人の景観・風景を考える

中 瀬    勲 氏

兵庫県立 人と自然の博物館副館長
兵庫県立大学教授・農学博士
中 瀬    勲 

1970年,大阪府立大学農学部卒業。'72年に同大学院農学研究科修士課程修了。九州大学で農学博士号を取得。同大助教授,カリフォルニア大学客員研究員などを経て現職。日本造園学会会長などを務める。

 私の大好きな田村剛先生(造園学者)は,造園とか風景の研究を始められた大正時代の第一人者です。先生はすごくいいことを言っています。「風景のよしあしの感覚は,風景そのものの差によるよりも,見る人の教養の差が大切である」。『森林風景計画』という著作に書かれています。私もいつも学生に,「いろんないい風景をいっぱい見て,そして,自分の価値観をつくろう」と言うのです。

「見る」から「思う」

 「日本人の風景観の変遷」というきょうのメインのテーマですが,4つについてお話し申し上げます。1つ目は「万葉の神秘的な自然観・見る」。2つ目は「古今以降の情緒的な自然観・見るから思う」。多分,ここら辺が私たち日本人の持っている風景観の根元と思っています。4つ目は「江戸時代の水際の風景観」。4つ目は「近代」。明治以降われわれの風景観はどう変わってきたか。

 まず,「万葉の神秘的な自然観・見る」。巨大な岩,大木,山々は霊の宿る場,天界への道であります。要は,雷さんがゴロゴロ鳴ると気持ち悪い,恐い。強風が吹いてビュウビュウいうのは恐い。自然は恐るべき力を持つ神秘的なものであり,自然の中に霊妙な神の力が宿る。

 灯篭や岩の上に石を積む人がいますが,まさに高いところに霊がある,上へ上へとのびていくイメージをもっている。五重の塔もそうです。松尾芭蕉の「閑かさや岩にしみいる蝉の声」の山寺もそうです。

 2つ目に,古今以降です。「見る」から「思う」ということであります。ここら辺が私たち日本人の一番の気になる風景観だと思います。

 多分私たちが景観や風景を考えるときに,日本の四季が非常に明確になります。春・夏・秋・冬がこれほど明確な国は,世界でも珍しいです。私たちは,桜のことをすごく騒ぎますね。世界中で桜を愛でる人間は日本人だけです。

 とどめることは不可能というところから,人間の生のはかなさ,無常観につながります。いかに華やかなところがあっても,来る枯れの意識,まさに否定の美です。桜の散り行く様,露,西の空に傾く月,咲いてしぼむ朝顔,まさに枯れの美化です。西行が詠んでいます,「願わくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月の頃」。まさに日本人の風景観です。

水際の風景

 3つ目に,江戸時代に入ります。神社参り,名所旧跡めぐりというように,一般庶民が動くようになってまいりました。江戸時代に風景に関わることを集めてみますと,水(海,川等の風景観)というのが非常に醸成された時代であったと考えています。

 例えば近江八景は,花鳥風月という風景美を広大な自然美へ志向したものです。それから,林羅山の子・林春斉が『日本国事跡考』で,日本三景の松島,天橋立,宮島を書いています。

 松尾芭蕉が奥の細道の旅をしていますが,人生を無常と感じています。芭蕉の俳句を思い出していただきますと,必ずと言っていいのですが,水が関わってきます。水がなかったら川があります。川がなかったら海があります。芭蕉が旅をしたのが海沿いですし,日本列島を横断するときは川越えです。

 日本人が江戸時代に移動したのは,水に関わる空間を行ったわけです。ということで,水際の風景画が出てきます。葛飾北斎の版画はほとんどが水際の風景です。

原風景の回復

 4つ目の近代に入ります。

 明治になって,ヨーロッパの鉱山技師ウィリアム・ガウランドと宣教師ウォルター・ウェストンは日本アルプスが美しいということを教えてくれました。ドイツの建築家ブルーノ・タウトが,白川郷,桂離宮が美しいということを教えてくれました。六甲山,伊豆箱根開発は,イギリス人の貿易商アーサー・グルームです。森林の美学,森林風景観が入ってきました。

 六甲山の開発は,欧米風の森林レクリエーションの始まりであり,総合的保養地開発の始まりであります。六甲山にはいろいろ保養所があったり,ゴルフ場があったりします。

 神戸市役所の海側の遊園地は同時期にできていますが,あれが近代的都市公園の始まりです。まさに,明治以降,こういう形でヨーロッパ流の風景観が入ってきました。

 六甲山に日本初の砂のゴルフ場が開設されました。これもアーサー・グルームたちが始めました。江戸末期,完全にはげ山化していたのを,ちょうど100年ぐらいかけて,緑化してきました。こうしたアーサー・グルームの活動と同時に,森林の美意識というのも出てきたというふうに考えています。

 その当時に,日本でも『日本風景論』『日本風景美論』という本が書かれ始めました。要は,日本で初めて科学的風景論というのが出てきたわけです。

 最後に現代。これからの若者たちが,子どものころに楽しいなあという風景観,いわゆる心象風景,原風景をこれからどう再構築していくのか。身の周りの風景が破壊されて,回復不可能な風景の中にわれわれは生きている可能性がある。その背景に少子高齢,人口減少,都市への人口集中,過疎化とかいろいろありますが,今私の一番のテーマは,「限界集落研究」です。

 和歌山,奈良,兵庫の田舎に行きますと,集落自身がもう崩壊寸前のところに来ています。集落が崩壊しますと,自然風景地も崩壊します。そういったことをこれからどうするのかをテーマにやっております。