大阪ロータリークラブ

MENU

会員専用ページ

卓 話Speech

  1. Top
  2. 卓話

卓話一覧

2006年7月21日(金)第4,123回 例会

八十路に想う高齢社会

阿 部   裕 君(内科医)

会 員 阿 部   裕 (内科医)

1922年生まれ。'45年大阪帝国大学医学部卒業。'65年大阪大学医学部教授(第一内科)。'84年国立大阪病院院長,大阪大学名誉教授。'92年大阪労災病院院長・国立大阪病院名誉院長。'95年大阪労災病院名誉院長。'83年第80回日本内科学会会頭。'68年当クラブ入会。'86年理事・ロータリー財団委員長。PHF・米山準功労者。

 「温故知新」という言葉がありますが,古いと言っても「近過去」的なものと,これからの展望として「近未来」的なものについて,私見を申し上げます。

情報革命の波

 世界的に情報革命と言われています。既にユビキタス・コンピューターといって,あらゆる場所でコンピューターが活用されています。従来のように記憶や演算を行う以外に,論理を構成し,考え,さらに新しい論理をつくるコンピューターの時代になってきていて,コンピューターをどう使うかが,今後の大きな仕事になるでしょう。医学,特に実践医学では,決定的に自分の担当する領域が変わってくる。昔の姿勢そのままではいかない時代がくるでしょう。

 アルビン・トフラーの『第三の波』で,政治的革命の被害は割に少ないが,技術革命は徹底的に社会の優劣とか価値観まで変えてしまうとあります。第1は農業革命,第2は産業革命,第3は情報革命とされています。技術波及を,どう活かすかが,どの領域でも大切になってこようと思います。

長寿社会の到来

 そこで,医学の領域で少し具体的に申し上げます。今日,日本は長寿社会ですが,最長寿命は,歴史的にはほとんど変わりありません。徳川家康,北条早雲なんかは長生きしています。

 当時と現在はどこが違うかというと,高齢者人口が増えたことです。背景は,はっきりしています。若い死の原因の多くは感染症です。戦争で死ぬのも,多くの場合は感染症と栄養失調です。

 わが国では,この30年間で,感染症と栄養失調が改善されました。これは大変ありがたいことで,わが国は世界一の長寿国になったわけです。現在,医学は命をどう延ばすかに努力をしていますが,私は期待を持たないほうがいいと思っています。

 秦の始皇帝は二千数百年前に不老不死の薬を探しましたが,そんなものはあり得ません。臓器移植の技術も,天寿を長引かせるのは無理だろうと思います。

 しかし,医学が役立つことはいくつかあります。死ぬ苦しさ,痛さに対しての薬や処置による緩和療法が,一番活用できることだと思います。生きている楽しみのために,視覚とか聴覚などの五感を保つことも大切です。さらに,手足が動かなくなる骨とか関節の病気は,ロボット技術が応用されるようになるでしょう。要するにQOL(生活の質)をよくする医学技術は大いに活用されるべきだろうと思っております。

 最後に残るのは,脳です。年をとるとボケがくる,物忘れが強くなったと言われますが,これは頭の動脈硬化のひとつのあらわれです。人間の体の筋肉は練習すると強くなるけれども,使わないとだんだん弱ってくる。昔は定年になったら悠悠自適といわれましたが,どんどん仕事をすることが,認知症にならない大事なことだと思います。

次世代のために

 私は,日野原先生に60数年来,ご指導をいただいております。先生は敬虔なキリスト教徒。新たな仕事にチャレンジする,皆と共同する,こういうことを基本に活動して,高齢者対策にも立派なお考えを実践しておられます。私の家は真言宗で,宗教は違えど,同じようにいくつかの言葉や願いを守ることが,知的活動の基本になっている気がします。単純に申しますと,煩悩は断ち切れないけれども,生きるための煩悩というか,趣味を持つことは終生楽しみにしておくべきだということです。自分の仕事も終生,何らかの形で関与します。私は医学のほうに「差し支えない」範囲で関与します。

 「差し支えない」とはどういうことかというと,住友の総理事になった伊庭貞剛という方がおられますが,伊庭さんは,引退された後は現役の仕事には口を出さなかったといいます。「細かいことに口出しすることが一番いけない。事業を失敗させるもとだ。しかし,求められれば,それなりの発言をするのは当然」というお話をしておられました。

 また,道元禅師の教えにある悟り,悟りをひらく――ということは,要は生と死に対する,ある種の理解ではないかと思います。死を経験した人間はおりませんから,その点では私もちっともわからないのですが,例えば般若心経には,ある面で科学的だとも思える文言があり,感心させられます。生と死の意味を認識しなければならないという意味は,私の場合,現在80歳を超えて,自分がどういうところに置かれているのかを考えてみなさい――ということだろうと理解しています。

 山折哲雄さんとか梅原猛さんは,わかりよい言葉を述べておられます。「老人は紅葉の季節。紅葉は緑に混じって緑を際立たせる効果を持つ」。あるいは「たそがれの美しさが老人の一番求むべき道」。要は,「次の時代の若い人が明日の時代に日本晴れとなるように,祈り,助けることが必要だ」ということでしょう。

 最後に社会的なこと。親が子を殺し,子が親を殺す時代でまことに情けないと思うのですが,すべての中心は遺伝子が直接つながった家庭から始まるのではないかと,医学的には思っております。仕事の場は核家族化を促進していますが、その欠をどうしてカバーするか,これがこれからの高度情報社会,技術社会の定着する道になるだろうと考えております。