1971年東京大学工学部原子力工学科卒業。’80年東京大学大学院医学系研究科修 了,医学博士。’84年同医学部助教授。’87年大阪大学医学部(環境医学教室)教授。ICOH科学委員会,(アレルギー・免疫毒性)委員長,日本衛生学会理事長。
私は最初,物理や放射線の影響を研究していたのですが,今や予防医学,環境医学,ストレスといった問題に医学はどう対処していけばいいかという研究・教育をやっています。
少し前までは死亡原因の第1位は感染症である肺結核でした。しかし時代は変わり,今やがん・脳卒中・心臓病・糖尿病・メタボといった代謝疾患が圧倒的に多くなりました。これは実は我々の毎日の生活の仕方が「なるか」「ならないか」を決める病気です。初めに言ってしまいますが,今日のテーマに対する答えは「ライフスタイルがほとんど寿命を決定してしまう時代になってしまった」ということなのです。
日々の生活習慣,ライフスタイルと言っても,つかみ所がありません。そこで世界中の医学文献を調べ「こういう生活をしていると病気になるぞ」という習慣を全部ピックアップしました。8つの「健康習慣」をいくつ守っているかで,8点満点の点数を付ける方式を作りました(指標になる健康習慣を以下に)。
①ちゃんと朝食を食べている――生活が規則的かどうかを聞いています。
②寝不足が続いていない――ちゃんと眠っているか。
③栄養バランスを考えた食事をしている。
④タバコは吸わない――絶対にやめて下さい。
⑤定期的に運動・スポーツをしている――週に1回30分の散歩でも有効です。
⑥大酒を飲まない――少しなら良いのです。1日に1合,ビール大瓶1本ぐらいをたしなむのは,むしろ全く飲まないよりもいいというデータもあります。
⑦働き過ぎていない――われわれ日本人は働き過ぎです。勤勉というのは美徳ですが,どうしても過労で疲れる。1日平均10時間以上働いていると健康度がどんどん落ちます。
⑧ストレスをためこまない――ストレスが多いなと思っていると,やはり実際に健康度が悪いです。
これで7~8点取る人はライフスタイルが良いと考えられます。4点未満の人はライフスタイルが悪いと言えます。
ライフスタイルが悪いと,どうして早く病気になって早く死ぬのか。ここに示す写真は私の遺伝子です。採血して,リンパ球を培養して顕微鏡で見ました。
(染色体は)46本あります。染色体遺伝子の片方を黒く,もう1つを白く染めているのですが,(写真を指し)この染色体では何らかの発がん物質がくっつき,それが原因で「入れ代わり」が起こっています。私には平均して8つぐらいあるのですが,タバコを好まれる方は,15~16個あります。例えばがんは特定の部位の遺伝子が変化することで進展し,老化も主として遺伝子の変化が原因です。
もう一方で大事なのは,免疫力です。中でも一番大事なのはがんの免疫力です。我々は30歳を過ぎると,有無を言わさず毎日たくさんのがん細胞が体にできます。60兆個の細胞がありますが,特定の遺伝子が変化していきます。それを見つけて殺してくれるナチュラルキラー(NK)細胞というのを,我々はたくさん持っています。しかし,その活性には個人差があります。がん免疫力(NK細胞活性)が高くて,たくさん殺せる人もいるし,なかなか殺せない人もいます。先ほどの「8つの健康習慣」で高得点の人はやはり免疫力が高く,4点以下の人は免疫力が低いのです。
8つの習慣の中でも一番大きく効いているのが,喫煙とストレスです。喫煙の影響が大きいのは自明の理ですから,今日はストレスの話をします。ストレスがかかると前頭葉のところで悩みや苦しさを感じ,副腎からコーチゾールというストレスホルモンが出ます。コーチゾールが出ると,免疫力が落ちます。
日本人は,打ちひしがれた人や悩んでいる人がいると,周りの人が相談に乗ったり助けたりしてきました。しかしわが国でも個人主義的な傾向が蔓延してきて,そうしたヒューマンサポートをしなくなっています。そういうこともあり,自殺が増えるなど,いろんなストレス問題が表面化しています。
そこで,自然の持つ「いやし」を利用したケアをしようと,7年ほど前から厚労省と農水省の支援で「森林セラピープロジェクト」というのを始めました。
森林の写真を見ると,脳の中にある,おいしいものを食べたり,リラックスしたりした時に活性化する部分が動きます。街の雑踏の写真を見ると,いやなものを食べたり,いやな思いをした時に活性化する部分が活性化します。もちろん,写真を見るだけでなく,実際に森の中に出かけていくとすごくNK活性が増大し,快適性が高まります。
「健康院」という構想もあります。最初に申しましたように,ライフスタイルの悪い人は,どんどん健康年齢が落ちてきます。しかし,例えばタバコを吸っていた方が途中で禁煙したら良くなります。例えば10年間に普通なら健康年齢が10歳ぐらい年をとるところを,運動習慣をつけたりタバコをやめたりすると,それほど年をとらなくなります。
こういうデータを前にして,我々は臨床医学の実践の場としての「病院」とともに,病気になる前の健康な人を対象にした公共システムが要ると思っています。それを「健康院」と名づけたわけです。
(病気になる)その前に,何とか健康度の高い状況で長く生きていただく。それも科学的にそれぞれの生き様や遺伝子の構成の分析も含めてやっていく。そういう公共システムが必要になっています。