1964年中央大商学部卒業後,東京教育大大学院修士課程(野外運動専攻)を修了し,同大学体育学部助手。’76年米ペンシルヴェニア州立大大学院(レクリエーション・公園専攻)で博士号取得。筑波大学体育科学系助教授を経て,同大学院修士課程体育研究科長。2005年4月,びわこ成蹊スポーツ大副学長,スポーツ学部長。’07年4月から現職。
私は今まで(教育の世界で)人がやっていないプログラムや企画にできるだけ多く取り組んでみようと考えてきました。
最初に取り組んだのは5歳の幼児のキャンプ。40年前のことです。最初は3泊4日,もちろん親はついていきません。3年後からは4泊5日にして,今も続けています。
5歳児が親元を離れて自然の中で友達と無事にやっていけるかどうか。結果的には,全員がきちんと生活できました。親からは(キャンプを経験して)「大きくなった」「たくましくなった」という声が聞かれたのです。
次にやったのは環境教育です。米国では植物・水・土・動物,大体この4つを教材として学びます。ただ,日本の場合は動物というのは非常に少ない。私自身は「森を育てる」とか「水を考える」「土を考える」といったプロジェクトをやってきました。例えば「森を育てる」では,営林署へ行き,下刈り,枝打ちといった作業を学びます。子どもたちが汗をかき,環境に良いことをしたと感じることが大きな意義を持つと考えています。
冒険教育は1986年から開始しました。冒険体験が子どもを変えるのです。代表的な活動にソロ活動があります。山の中でたった1人で,必要最小限の食事で生活するという,イギリスで始まった運動です。
子ども用プログラムは1泊2日。自分で場所を選び,ビニールシートとロープを使い寝る場所を作る。自分で食事を作り,1晩過ごし,時間になったらスタッフが迎えにいきます。ソロ活動の中で子供たちは焦燥感や孤独感,恐怖心を覚えます。そして,自分自身に対する考え方,評価を確立し,自信を持って自分をポジティブに見られるようになります。
不登校の子ども向けのプログラムもやりました。10日間のキャンプで,環境教育や冒険を取り入れます。不登校になって,1年以内に治る率というのは30%ぐらいと言われていますが,私のところでは67~75%の中学生が1年以内に学校に復帰しています。
今子どもが置かれている状況を考えると,学校教育は2,3年前までの「ゆとり教育」から,いわゆる知識偏重に戻ってしまいました。いじめを原因とする自殺や親による子供の虐待,子供による家族の殺害などが次々と起こり,命の大切さを教えるということが,これほど必要な事態はないでしょう。
物に恵まれた社会になりましたが,子どもたちにしてみれば,努力しなくても望めば何でも手に入るという錯覚に陥っている傾向があります。我慢すること,努力すること,精神をコントロールするといった力が,どんどん弱くなっています。
子どもの遊びが,野外で群れて遊ぶものから,1人で,室内でする,コンピュータゲームに変わりました。友達関係のスキルというものを必要としなくなっています。孤独な生活を送る子どもが増えていることは,体力の低下とも大変大きな関係があります。
生活環境から自然が消え,自然の中での遊びもどんどん減少している。その結果,創意工夫をしたり,生活技術を学んだり,冒険をしたり,それに伴う成功体験とか達成感を得る機会もどんどん減っているわけです。
今日の本題ですが,まず,自然体験活動がどんな効果を意図しているのか,少し説明しましょう。
野外教育の中心になっているのは,次のような考え方です。教室の中で最もよく学習できるものは教室で教えなさい。野外の生の教材や生活場面を直接体験することで効果的に学習できるものは,そこで教えなさい。教室の中だけでは本当の意味の教育はできません。
2つ目に,画一的な知能(IQ)を競うのではなくて,ものの考え方,判断などの中で,自分らしい感性や独自の経験を生かす能力,これを情動指数(EQ)と言っていますが,これを大切にしようという考え方です。
社会で成功している人たちの大部分はIQよりもこのEQが優れていたという研究があり,そこから,情動教育が大事だということになってきました。自然体験で目指すのも,単なる知性ではなくて,こうした感情を大切にして伸ばすということです。
3つ目には,自然の中で友達と協力しながら集団生活を営む自然体験の特徴として,仲間意識,連帯感,信頼感を養う。そして,全員でよりよい集団,よりよい組織,よりよい社会を作ろうという,社会力が生まれます。
4つ目として,質素で,困難や我慢を伴う生活を体験することで,生きていくために本当に必要なもの,生きていくために要らないものを考えるきっかけになります。
5つ目に,自然の中での作業や運動で汗を流すことによって,学校での試験,あるいは子ども同士の競争の中で強く持っているストレスをいやすことができるでしょう。
6つ目には自然の中での非日常性や,不確実性,あるいはリスクを積極的に受け入れて,それを活用して新たな世界の発見や成功体験の機会とすることができるということです。
最後に,自然体験の場として自然を保全し,より豊かで質の高い自然環境についての興味,関心,態度,行動力を高めるということが,これからの環境,あるいは地球を守る上で大変大事になってくると思います。
こうした自然体験は,恐らく子どもたちを危機から救うことでしょうし,教育の弱点を補うでしょう。そして,環境の危機から守ることにもつながると思います。