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2010年5月7日(金)第4,300回 例会

京の着だおれ

市 田  ひろみ 氏

服飾評論家・エッセイスト 市 田  ひろみ 

大阪市出身。京都府立大学卒業後,重役秘書としてのOLをスタートに,女優,美容師などを経て現在は服飾評論家,エッセイスト。日本和装師会会長,京都市観光協会副会長を務める。

 「京の着だおれ」と聞くと,着るものにぜいたくして,それで身上をつぶすようなイメージをお持ちになる方があるかと思うんですけど,実はそうではなくて「見せ方がうまい」ということではないでしょうか。京都の人は本当に見せ方が上手だと思います。

ちょっと控えめ

 京都の本物のお茶屋の女将さんは,お座敷へ出るのに,決してきらびやかな着物では出ません。ちょっと控えめな――お客様に恥をかかさないという配慮,これはもてなしの一つだと思うのですけど――ちょっと控えめなのを着るんです。

 だから京都もの(のドラマ)で,女将さんがド派手な訪問着を着て「おこしやす」と出てきたら,これは大きな間違いでございます。ほんまもんの女将さんはちょっと控え目。指輪もお座敷ではしません。

 ここ一番というときに恥ずかしくないものを着るんだけど,普段は決して派手なものを着ない。これも伝統でございます。「この間の結婚式もええの着てはった。この間のパーティーもええの着てはった。今日のお茶席のお着物もええなぁ」というふうに,点がつながって,いつもいいものを着ているように見える。

飛びつかない

 京都の人は本心がわからないとか,京都の人はイケズやとか,京都の人はほんま何考えてはんねん,というふうに言われる向きもあります。

 これは今に始まったことじゃなくて,昔からそう思われてきたんですね。享和3年 (1803)と言いますから200年くらい前になるんですけど,『後は昔物語』という本の中にこう出てきます。

 「京都の人はうはべは和らかにて,心ひすかしなど,さみする人多し(京都の人はうわべはやわらかだけど,心の中がねじ曲がっていると見下げる人も多い)」

 「江戸ものゝ心持には,さ思ふべき道理もあれども,又江戸ものゝ及ばぬ事も多し(江戸の人はそういうふうに見るかもしれないけれど,やはり京都の人は優れたものを持っていて,江戸の人は比べものにならない)」

 「思ふに物の流行,江戸は足はやく,京都は足遅し。十年あとに京に登りて見たるに,帯のはゞのせまき,かうがいの長き等,江戸にてむかしはやりしこと,その儘にてあるやうに思へり」

 気位の高さというのでしょうか,京都の人は流行にすぐに飛びつかないんですね。それは今々のことじゃなくって,昔からやはり「すぐに飛びついたらあかんえ」みたいな,軽佻浮薄を抑えるというのでしょうか,なんかそういう向きがあったみたいですね。

 ですから,江戸では結髪が発達して昔は長い笄(こうがい)だったのがだんだん短くなったり,あるいは細い帯がだんだん丸帯のようになっていったり,流行は移り変わっているにもかかわらず,なかなか京都の人はそれに飛びつかない。

 「飛びつく」ということは「はしたない」ということなんですね。だから,周りが皆そうなったら,まあ,まねしようかいう感じでございます。これは今でも同じでございまして,60年代にミニスカートがはやったときも,京都のデパートは扱うのが一番遅かったと伺っております。時流に逆らいながらも京風を貫いているっていうことでしょうか。

 今京都にあるお祭りにいたしましても,しきたりにいたしましても,ほとんど千年前のものでございます。皆さん方よくご存じの祇園祭にしても,葵祭にいたしましても,全部千年を超える長い間続いてきたお祭りでございます。

 ですから,慣習と申しますか,変えられないものを,京都の人はかたくななまでに守っているように思います。

ここ一番の装い

 祇園祭は昔,先の祭りと後の祭りと両方ありました。だから1カ月間お祭りなんです。四条通,三条通から五条通,そして室町,新町,烏丸あたり,今現在も32基の鉾や山が立ちます。

 7月1日からいわゆる神事が始まります。10日から鉾が立ち始めて,16日が宵山,17日が巡行でございます。

 昔はもっと大変でした。先の祭りが17日,後の祭りが24日ですから,中京のおかみさんたちは大忙しなんです。得意先や親戚の人なんかが皆,お祭りを見にかたがた来るんですよね。そうするとその新町や室町の大旦那のおかみさんは,着物を着てお客様を迎えるんだけれども,それが半端じゃない着物なんですね。

 普通私なんかでも,どうせ夏は汗かくし,ちょっとこんないいのもったいないかなと思うんですけども,絶対それはないんです。しかも,際立って不調和なものではない。よくよく見るとすごい着物を,さりげなく着るんです。

 例えば麻の小袖,白地に藍濃淡で御所解模様 (ごしょどきもよう)。藍濃淡で描いてあるものだと思って,そばでよくよく見たら,それが全部,藍濃淡の刺繍であった。そうするとお客様はビックリして「さすがおかみさん,すごいもの着てますね」って。おかみさんはさりげなく「たいしたもんやおへん」て。でも,心の中では「どんなもんじゃい,うちの旦那さんはこんなん着せてくれはんねん」と。

 夏の小袖でいいものが,蔵から今なお出るんです。それは庶民の誰かが着たものであって,公家や武家の名のある人の着たものではない。町のおかみさんたちはここ一番のときにさすがと言われる装いを,惜しげもなく暑い夏に身にまとったということですね。