1950年,福岡県久留米市生まれ。慶応大学文学部を卒業後,アサヒビールに入社。主にマーケティング部門を歩み,本店マーケティング本部長を経て’06年に常務執行役員。’07年から近畿圏統括本部長。’08年当クラブ入会
高校2年の時に夏目漱石に夢中になり,夏休みに全作品を読破しました。随筆に「酒は官能の液体,タバコは哲学の煙」という一節があり,官能の液体とは,哲学の煙とはいかなるものかということで,父親の酒を盗み飲みし,買い置きのタバコを吸いました。就職も,やはり酒のメーカーということでアサヒビールに入社しました。以来,40数年,酒とタバコを愛し続けた,一貫性のあるコンセプトがはっきりした人生を歩んできました。
(創業120周年を迎えたアサヒビールの歴史を追った約7分間の映像を紹介)PRじみたフィルムでしたが,ご覧いただきありがとうございました。世界中にはいろいろなお酒がありますが,地球上で最初に生まれたのがビールです。シュメール文明の時に,小麦でつくったパンに雨水が垂れ,自然酵母が作用してビールのようなアルコール飲料ができたということです。これが紀元前6000年。ビールが地球上に誕生して8000年たっているわけです。その後,11世紀くらいにホップが添加されて現在の苦味のある味になり,細菌学者のパスツールがビールの発酵は酵母菌が作用していることを明らかにし,近代的なビールが誕生します。
日本の国民酒は日本酒ですが,今,日本で飲まれているお酒の約6割がビールです。日本のビールの歴史は,まだ120年ほどです。最初にビールをつくったのは,シーボルトの弟子で,松江の蘭学者,川本幸民と言われています。文献を見ながら,見様見真似でつくったのが1853年です。その後,1870年代からビールメーカーが続々,誕生します。日本人で初めてビールを飲んだとして文献に記されているのは福沢諭吉です。1873年に出された『西洋事情』の中で,「西洋に麦酒という酒あり。その味はきわめて苦けれど,胸襟を開くに妙なり」という一節があります。
「酒は百薬の長」と漢書の『食貨志・下』に書かれています。ただし,吉田兼好の『徒然草』には「百薬の長とはいへど,万の病は酒よりこそ起れ」とも書かれています。要するに飲み過ぎるなということだと思います。文献によりますと「アルコールのJカーブ効果」というのがあります。これは,お酒を適量飲む人は,飲まない人や,時々飲む人に比べて死亡率が非常に低いというものです。お酒を飲むことは,リラックス効果,ストレス解消,精神高揚ということに有効であるというのです。適度にお酒を飲む方のほうが,精神的に健康であり長生きができる。私は「酒は心の栄養剤」と言っております。さらにビールには利尿作用がありまして,腎臓結石,尿結石に効用があります。
最近,酒とタバコは社会的に悪みたいな存在になりました。お酒もアルコール規制の問題が起きております。何としてもアメリカの禁酒法みたいなことにならないようにしたい。禁酒法は,醸造,販売,輸出入は禁止しましたが,飲酒自体は禁止していません。家で飲むのはいいけれども,外で飲んではいけないということです。禁酒法によっていろいろなものが生まれました。一つはカクテル。密造酒の粗悪なアルコールにジュースを混ぜて飲むという習慣が生まれました。警察が何か言っても,これはジュースだと言ってごまかす。禁酒法によってアメリカのバーテンダーが職を失ってヨーロッパとかいろいろなところへ渡り,そこへカクテルを持ち込んで世界中でブームになっていった。コンピュータ用語の「パスワード」もそうです。闇のバーへ行ってノックをすると,「パスワードプリーズ」と言われ,「ジョンの友達だ」とか「誰々の紹介で」と言うとドアが開く。初めてここでパスワードというのが出現します。
もう一つ,これは面白い話なのですが,フランチャイズビジネスも禁酒法によって生まれたそうです。酒を販売することも輸入することもできないので,密輸をしていたカポネは自分の権利を与えた販売業者にお酒を売り,保護してロイヤリティーを徴収するという,フランチャイズビジネスの原型が酒の密造酒販売によってなされた。シカゴにあるカポネの銅像の下には,フランチャイズビジネスの父と書かれています。
おいしい飲み方とは二日酔いにならないということで,それを避けるのは簡単でして,飲み過ぎないことです。適度な量は,1日平均,ビールなら中ジョッキ1杯,日本酒で1合,ウィスキーだとダブル1杯,ワインだと小グラス2杯,焼酎ですと100ミリリットルくらい。これで収まる方はほとんどいないと思いますが,飲んだら食べるというのが健康な飲み方です。食前には胃の粘膜を覆う牛乳や卵,ポタージュスープ,スポーツドリンクなどを飲んでおく。食中の間は,消化が遅くてアルコールの吸収を遅らせる枝豆,豆腐,ソーセージ,肉類,チーズなど。それから,肝臓の働きを促す大根おろし,ゴマ,レバー,納豆といったものをつまみで食べると悪酔いはしません。食後はビタミン補給という意味でフルーツを食べます。
酒によって酔い方も違います。私がマーケティング担当だった時代に東京都内でリサーチしたことがあります。その経験から言いますと,サラリーマンが飲む時は,8割が上司や会社の悪口で,2割が女性の話です。同じ悪口でも,ビール党は「明日も頑張ろうぜ」で終わるのですが,日本酒党は「いつかあいつを…」みたいな,演歌の世界です。清酒メーカーの方がいらっしゃいましたら,失礼しました。「ビールは未来を,日本酒は人生を,ウィスキーは哲学を,ワインは愛を語る」,お酒によって酔い方も違うという話です。