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2011年6月10日(金)第4,351回 例会

天上がりと言われた5年間-芸文振体験報告-

津 田  和 明 氏

大坂コンベンション協会
会長
津 田  和 明 

1934年生まれ。’57年,大阪大学卒業。同年,サントリー(株)入社。’95年から2001年まで同社副社長。’04年から10年まで(独)日本芸術文化振興会理事長。’03年から現職。

 私は日本芸術文化振興会の8代目理事長を務めましたが,これを「天上がり」とは感じていませんし,役所が民より上とも思っていません。「横滑り」ぐらいに思っております。私がなぜ,この仕事をしないといけなくなったかはいまだにわかりません。小泉純一郎首相が「民営,民活」と言っておられたころでした。私が5年間,文化審議会委員をして,その解散の時,文化庁長官だった河合隼雄さんが私に「僕の言うことに絶対ノーと言わんといてくれ」と言われ,この理事長をやれということでした。「なぜですか」と聞いたのですが,理由は言われませんでした。私の前の7人は全員,事務次官や文化庁長官のOBです。職員が約300名で,651億円の基金をもつ文部科学省では最大の外郭団体です。皇居前の国立劇場や落語などをやる国立演芸場,東京・千駄ヶ谷の国立能楽堂,オペラやバレエをやる新宿の新国立劇場,大阪の国立文楽劇場,沖縄の国立劇場おきなわなどがあります。

共通の目的意識が欠如

 私は役人について優秀な人が多く,よく働き,日本が何とかもっているのは,あの人たちのおかげと思っています。しかし,考え方がおかしいところはいっぱいあります。私が体験した矛盾点が皆さん方の会社や組織で1つでもあれば,直されたほうがいいと思い,いくつかのポイントを挙げて話を進めたいと思います。最初は「共通の目的意識確立」。私の出身であるサントリーでは「酒は決して毒じゃない。人と人が和み合う楽しいものである」という精神で,社員は皆,「人生は楽しく,生きるためには酒があればいいんだ」という気持ちでいます。ところが,国立劇場は41年前,松竹や東宝,エノケン事務所,宝塚などからそれぞれの考えをもった個性豊かな人が集まってやってきましたから,組織全体の目的がずっと,はっきりしませんでした。「これは一番困ったな」と思い,「共通の目的意識確立」だけは早急にやりました。「伝統芸能の振興と後継者の育成」と「現代舞台芸術(オペラ,バレエ)の振興」,「650億円の基金から出てくる利息で全国の文化活動を支援する」の3つです。

前例と会議で責任逃れ

 2つ目は「責任者の明確化」です。役所は「前例主義」と言われます。私が「前例主義」で一番驚いたのは国立劇場のカーペットでした。傷んでいるうえ,ベージュ色で非常に地味でした。これを変えようと決裁しましたが,その後,担当者から何も言ってきません。「あれ,どうなっている?」と聞いたら,「発注しました」と言います。「どうして。色も何も決めてないじゃないの」と言ったら,「前の色と同じので発注しています」と言いました。私は発注を取り消し,ピンク色の桜の花びらを散らしたようなカーペットに変えました。また,何をするのにも会議を開きます。何かまずいことがあると,「会議で決まりました」と言います。つまり,決めた個人名が出てきません。これでは困るので,会議を開く場合,冒頭に「誰がこの会議の責任者だ」と責任の所在をはっきりさせました。3つ目の「縦割り組織の相互不可侵条約」は実に見事なものでした。つまり,「他の部署のことには口を出さないかわりに,自分の部署のことには口を出してくれるな」というシステムです。4つ目の「監督官庁・出演者に対する配慮優先」がおもしろい。日本芸術文化振興会は文化庁の外郭団体ですから,文化庁の意向をすごく気にして決めます。また,意外ですが,出演者が偉いのです。お客が喜ぶ演目をやりたいと思っても,役者から「セリフをみな覚えている昔からのあれをやりたい」と言われると,役者が選んだ演目へ引きずられてしまいます。

成功事例を生かさない

 5つ目の「サクセスストーリーがあっても水平展開しない」も先ほどの縦割りと同じです。歌舞伎の観客には年配が多く,働き盛りの若い男女が少ないのです。松本幸四郎さんに「若い人のための『歌舞伎入門』をやりましょう」と頼み,「勧進帳」をやってくれることになりました。経団連などに「グローバル化に備えて,若い人が海外へ出て行く時,日本の伝統芸能を知らないと,本人の価値を下げるどころか,日本のためにもならない」とお願いし,呼びかけてもらいました。これが効を奏し,若い観客で会場がいっぱいになりました。これが民間だったら,同じ手法を他の部門でも適用します。ところが,文楽のほうでは「文楽入門」をやらないのです。「歌舞伎がうまくいったのだから,文楽でもやろうよ」とやかましく言ってやりました。6つ目は「上意下達が当たり前」。会議では,偉い人ばかりがしゃべります。だから,私は「会議でそこの偉い人が何分しゃべったか,後で数えてくれ」とお願いしました。7つ目は「採算思考が希薄」。客の入りの悪い時のうまい理由として「われわれは国立劇場である。民間でできないことをやる」というのがあります。民間でできないのは客が入らない芝居です。だから,民間がやらないことをやるというところへ逃げ込まれると,大義名分がついてしまいます。「客層の高齢化・固定化」や「市民が国立劇場に親近感を持っていない」ことも問題で,私は若手の育成にも努力しました。「何とか新作をつくれ」と言いましたが,これは非常に難しい。文楽には全部,字幕を入れています。出演者からは「字幕ばかり見て人形を見てくれない」と叱られましたが,「意味もわからないのは困る。要らないと言う人が多かったらやめるから。私もやめるから」と言って押し通しました。