1959年6月生まれ。大阪府出身。
’83年神戸大学経済学部卒業,同年日本経済新聞社入社。大阪本社編集局社会部に配属。’97年同編集局経済一部次長,’99年松本支局長,’02年東京本社編集局産業部次長,’04年大阪本社編集局地方部次長などを経て,’07年から現職。製造業の国際競争力をテーマに継続的に取材。最近は長寿企業の成長と持続の条件を分析する長期連載「200年企業」執筆陣の1人。
日本には200年以上続いている長寿企業がたくさんあります。東証上場企業の平均年齢は大体50歳です。100年続けるのも大変なことで,200年はもっと大変です。なぜ続けてこられたかを分析するために,長寿企業の家訓を調べたら,「カキクケコの原則」が浮かび上がりました。つまり,「感謝・勤勉・工夫・倹約・貢献」。これはこじつけですが,経営の精神を象徴していると思います。
まず「感謝」について。一番有名なのは「三方よし」。近江商人の売り手よし・買い手よし・世間よし―です。近江商人は商売上手で,稼ぎます。稼ぐとねたまれ,足を引っ張られます。だから,自分だけが一人勝ちしないように相手にもお返しをします。今で言えば,「ウイン・ウイン」の関係です。「顧客満足度」や「企業の社会的責任」という最新概念を長寿企業は昔からやっていたわけです。
「勤勉」は当たり前です。大阪・道修町の薬屋では,養子が当主になった時,放蕩したらいけないということで,お茶屋遊び禁止などの色んなルールがありました。ルールに従わなければ,番頭や分家,別家が引きずり降ろすこともできるということが証文に書いてありました。
「工夫」も当たり前です。長寿企業の多くは最初の仕事と今の仕事が変わっています。つまり変化を恐れず,変革をやっており,変化する力を備えていました。
ただし,新規事業についてはあまり“飛び地”に行くと失敗します。例えば,バブル経済の時に,製鉄会社が全部,コンピューター事業をやりました。高炉の制御をコンピューターでできたから,コンピューター事業なら簡単だということで,外資系企業と提携してコンピューター会社をつくりました。しかし,今は1社も残っていません。飛び地でやった新規事業は,経験もないから必ず失敗します。工夫といっても,わからないことをやったらだめだということです。
「倹約」は「出るを抑える」ことです。ですから,長寿企業は駐車場をもったり,ビルを経営していて営業外収益や株式の配当,受け取り利息は支払利息よりも高い傾向があります。
「貢献」は社会貢献のことです。社会貢献をやっている長寿企業が意外に多いのです。ある老舗会社の社長が「これはリスクヘッジやったんや」とおっしゃっていました。
長野県に「小布施堂」という栗菓子の老舗があり,ここはずっと,篤志家でした。飢饉の時に,自分の米蔵を開放しました。食い詰めた百姓に米を分け与え,炊き出しもしました。また,自分たちで“公共事業”をやりました。大きな蔵を建てて,その蔵を建てる工事人夫として食い詰めた百姓を雇いました。飢饉では,百姓一揆も起きました。松明を掲げて豪商を襲うわけですが,「小布施堂」の前は松明を下げて通り過ぎたといいます。
「カキクケコ」の反対を考えてみましょう。感謝の反対は「忘恩」,勤勉の反対は「怠惰」,工夫の反対は「模倣」,倹約の反対は「浪費」,貢献の反対は「寄生」。こんな会社は絶対に残れません。
長寿企業の共通項はどんなことがあるのでしょうか。老舗率が一番高い地域は京都で3.72%。続いて島根,山形,新潟,滋賀,福井の順です。これらの地域は総じて空襲を受けていなかったり,北前船の就航地だったことから物流の関係で商業が発達してきたという条件をもっています。反対に,一番低い地域は沖縄で0.08%。これは戦争で焼けてしまっているから,生き延びられなかったわけです。なぜ近江商人が元気だったのかというと,若狭で荷揚げした商品を京都や名古屋,江戸,大坂に売れるという交通の要衝の地にあったので,商業が得意になったわけです。
老舗が多い業種は造り酒屋,醤油,味噌,蒸留酒(焼酎),火薬・花火,糖類,百貨店,普通銀行(為替),樽です。これらの業種は技術が要り,設備も要り,プラス免許制になっていたり,藩の保護を受けているというような事業が多いのです。そういう条件が参入障壁になっていたわけです。
海外と比較をしてみますと,200年以上続いている企業は日本に3,886社あり,1位です。2番目はドイツで1,850社,3番目はイギリスで467社,4番目はフランスで376社です。
なぜこんなに多いのかというと,歴史に価値観を見出すという日本人のカルチャーがあるからではないでしょうか。
なぜ老舗は革新を遂げながら生き残ってこれたのでしょうか。理由の1つには,これらの企業が「長い時間軸」でものをとらえていることがあります。江戸時代から明治維新を経て,大恐慌や終戦,高度成長,バブル崩壊,リーマンショックなど色んなものを経験し,全部を乗り越えてきています。だから,目先のことで一喜一憂せず,くじけないのです。
老舗ならではの革新のもう1つは定期的な若返りです。社長は父親から息子に代わりますから,大体30年に1回,経営者の年齢が大幅に下がるのです。その人が思い切ったことをやれる,やれるから革新ができます。それは全否定ではなく,連続線を持ちながらの新しい革新です。
毎週水曜日,日経新聞の朝刊に「200年企業」の連載を続けていますので,ぜひ読んでいただきたいと思います。「200年企業」という本も730円(税込み)で好評発売中ですので,お買い求めいただきたいと思います。