1930年生まれ。’51年京都大学工学部機械工学科中退,’61年大阪大学大学院医学科終了。同大学教授,’86年同医学部付属病院院長。
’90年より国立循環器病センター,現在に至る。
’02~’05年大阪薬科大学理事長。’07年文化功労者。’82年2月当クラブ入会。’00年クラブ会長。
「医療危機」,「医療崩壊」ですが,昨年の震災でそんなものはお忘れになっているのではと思うのですが,まだ現実に危機として存在しています。実際には小休止の段階と言ってもいいかと思います。
緊急入院拒否や産科医師の不足,診療科閉鎖が一部ではなく,全国レベルで起こると医療危機,崩壊となります。原因は様々ですが,一番大きな問題は医師不足です。
厚生労働省は,医師数は増えていると言い続けていました。しかし,内実は高齢化が進んでおり,厚労省の統計では,30歳未満の医師数がこの4半世紀全く変わらないのに対し,70歳以上は2倍です。高齢医師が働いているのは老健施設などです。もう一つは,女医の増加です。出産や家事で生涯労働時間は,男性医師より少なくなります。
そこに,導入8年になる新臨床研修医制度が決定打になりました。新制度の任期が2年なので,医学部の卒業生2年分,約1万5千人を医療の第一線から吸い上げてしまった。また,昔は卒業後,どこかの教室に入局し,鍛え,各地の病院へ行かせていたのですが,新制度では卒業生は自分で行きたい病院と契約する。当然大都市に集中します。2年間の研修を終え,後期研修に入ると病院の環境がよく,研修医が優秀であればあるほど,研修医はその病院に残りたがり,病院は引きとめるので,結局どこにも行かない。大学へも戻らない。大学は教育と研究が仕事なので,人員が不足すると,他病院から中堅医師を呼び戻します。地方の病院はますます人手不足になる。つまり医師不足は「医師の偏在」です。この三つで,医療崩壊は起こったのです。
偏在の背景を掘り下げると,診療科の偏りがあります。自分の希望が第一ですが,皆が希望する診療科は偏る可能性があります。今までは,得意分野や,各大学の教授との関係などで決めていたのですが,今の学生は,卒業後すぐ市中の病院に行きます。そして,各科を回る。忙しいところ,そうでないところもある。公的な病院だと,卒業後何年間は給料が一緒というところもある。そうすると,「楽をしたい」と,世俗的なバイアスがかかる可能性があります。
生涯勉強が医師ですので,勉強にならない病院というのは人気がない。となると,どうしても大病院,都会の病院が好まれる。地方の病院,特に地方の私立病院は,だんだん医師が来なくなってきます。
もう一つ大きな流れがあります。それは「開業」です。開業に移る年代が下がってきています。一概には言えないのですが,理由に勤務医の疲弊があります。多忙を極めると,厳しい診療科は避けますし,思い切って開業しようとなる。統計によると,勤務医の収入は開業医の半分です。勤務医から開業医への流れはどうしても止められないのです。
これらの問題が,なぜ今まで放置されてきたのかというと,厚労省は開業医の声を代弁する日本医師会の言うことは聞いていたのですが,公的病院の現状は政策に反映させてこなかったのです。医師会の意見を入れ,医学部の定員は増やさない,専門医制度は導入しない。で,結局は医療現場の人的な近代化は現在まで阻まれてきたのです。
解決には,緊急対策と抜本的改革が必要です。緊急対策として一番オーソドックスなのは,医学部の定員増です。しかし,医学部は他学部より2年長い。しかも臨床研修医制度が2年加わります。時間的に間に合いません。
現実的には,看護師,薬剤師などを充実させ,もっと医者をサポートしてもらうようにする考えがあります。また,現在の勤務医の給料を今の倍にすれば,開業しないで病院にとどまるので解決するのですが,膨大な予算が必要です。
そこで,医療費を結局は上げるということになるのですが,前回の改定のとき中医協(中央社会保険医療協議会)は医療費を0.19%上げました。ごくわずかですが,実際に入院医療費はその中でやり繰りして3%上げています。その大部分を急性期の医療に回しました。その額約4千億です。これで急性期の病院がかなり潤い,安心して,プライドを持って診療を続けられるようになりました。医療危機が小休止と申し上げたのはここです。
私は民主党支持ではありませんが,これは政権交代で変えられたものです。今までであれば,変えられなかっただろうと思います。中医協の医療側の委員は医師会推薦だったのですが,前回改定の前に医師会が推薦した委員を政府は断りました。そして,大学教授,病院の院長などを入れた。それにより,中医協の中で医療費の配分も変わりました。
以上のように緊急対策がある程度打たれました。しかし,抜本的改革は必要です。それは医師会改革です。医師会を今のような開業医の声だけを代弁する組織から,勤務医を含めたすべての医師の声を代弁する組織に変えなければなりません。会員自身も,もう少し自覚を持たなければなりません。医師会は,医者の組合に成り下がってしまっている。ここを解決しなければ,私は日本の医療問題は解決しないと思います。勤務医の意識改革も当然必要です。
医療現場の現状を正しく政策立案者に伝え,政策に反映させるシステムがわが国では欠如していました。これが医療危機の最大原因です。このシステムを構築しておかなければ,今回の危機は乗り切っても,同じことが再び起こります。医療現場の現状を正しく政策立案者に伝え,政策に反映させることが,国民が将来にわたっても安全,安心な高度な医療を享受するために不可欠であると考えます。