1971年私立灘高等学校卒業。’74年東京大学理学部物理学科卒業。’78年大阪大学理学部助手。’89年MIT客員研究員。’90年大阪大学理学部助教授。’95年大阪大学理学部教授。2004-07年大阪大学理学研究科副研究科長。
私は宇宙を研究していますが,研究する手段としては目で星を見るのではなく,X線を使っています。宇宙のことがそんなに簡単にすべて分かることはないのですが,きょうは「見てわかる」という話をしたいと思います。
画面に3枚の写真があります。真ん中は我々の目で見られるもの。右はX線,左は赤外線です。同じものを見ても,見る手段によって違います。レントゲンは現在,医学に限らずいろいろなところで使われていますが,画面の写真は歴史に残るものです。
今から115年ぐらい前,ウィルヘルム・レントゲン先生が,人類史上初めて撮ったX線の写真です。昔はフィルムの感度がよくなかったので,1枚撮るのに10分少しかかっている。この写真は指輪が見えます。実は奥さんの写真なんです。どのくらいウィルヘルム・レントゲン先生が偉かったかと言うと,奥さんに「そこに座ってじっとしてろ」と10分間じっとさせた。これは私にはちょっと考えられないような話です。
みなさんが普段使っておられる携帯電話は,赤外線を使います。画面に携帯電話が映っていますが,光っているのがお分かりになりますか。ただ,肉眼で見ても分かりません。なぜかと言うと,目で見えない波長でやり取りしているわけです。目で見えないもので見ると,見知らぬものがいっぱい見えるという一番簡単な例です。
X線で宇宙を見てみます。おおいぬ座のシリウスという星があります。シリウスは一番明るい星で,よく目立ちます。肉眼で見た星空と,X線で見たものを比べると大きく違います。あるものはX線で明るいし,暗くもなる。ただシリウスは変わらず明るいです。
シリウスは非常に不思議な星の1つです。今から150年ぐらい前,シリウスは「二重星」と分かりました。非常に明るい星のそばに,非常に暗い星がいます。物理学の法則を使うと,明るい星は,暗い星の大体100倍の大きさがあるということが分かりました。100倍というのは,地球と太陽の大きさの比です,100倍大きさが違うので,地球は太陽の周りを回っています。ところが,シリウスの2つの星は,大きさが100倍違うのに,ほとんど同じぐらいの重さのようにふるまっている。ちょうど星間の真ん中ぐらいが重心になるように回転しています。
シリウスを望遠鏡で見ると,目で見える明るい星は,X線ではほとんど見えない。それに対して,目で見える光だとほとんど見えないのに,X線で見るととっても明るいというのが暗い星です。シリウスがX線でも,目で見える光でもよく見えるのは,「二重星」だったからです。1つは目で見える星で,1つはX線で見える星だということがわかりました。そして,X線で見える星はとっても不思議な星で,例えば,カナブン1匹くらいの大きさでも,重さが大体1トンぐらいあるという星でした。
宇宙には,シリウス以外にもX線でしか見えない星がたくさんあります。その中で1つ紹介したいのが,「かに星雲」。かなり立派な望遠鏡で暗いところに行かないと見えませんが,X線だと輝いてる様子が分かります。約50年前に撮ったかに星雲の写真と,現在のを比べると,ほんの少しですが星雲の範囲が広がっています。突き詰めると,千年ぐらい前に一点から始まることが分かりました。千年ぐらい前に,何かすごいことが起こったんじゃないかということが想像できます。
調べてみると,1054年,「オリオン座の北に新星が現れた」という記録が日本に残っているのです。歌人の藤原定家が,自身の日記である『明月記』に星空の異変を記録していました。「天喜2年(1054)4月以後の丑の時,客星(見たことのない星)が觜・参(オリオン座)の東に見えた。天関星(おうし座)付近で,大きさは歳星(木星)ほどだった」と。今までにないところに星が出て,木星ぐらいの明るさで輝いたということの最初の記録です。中国やアラブなどにも記録が残っていますが,『明月記』にはこれ以外に全部で7つぐらいの超新星の出現が記録されていまして,世界最初の天文学のカタログであります。日本が誇るべき記録です。
私は1980年に大学院を卒業して大阪大学に来て,はくちょう衛星の検出器の1号をつくり,それからずっとX線の検出器をつくって人工衛星に載せています。日本以外だと欧州,米国も同様の研究をしています。今大きな観測器として3つぐらいあります。いずれも特徴を持っており,競争ではなく助け合いながら宇宙のなぞを解明しています。現在,私の一番大きな仕事は,2014年に打ち上げる予定のASTRO-H という人工衛星に載せるX線検出器をつくっています。
星の中で元素が生まれます。太陽の中でも今新しい元素が生まれています。それが私たちをつくっています。結果として私たちは星のかけら,星の子どもであるのです。星空を見上げますと暗黒に空間が広がるだけじゃなくて,いろいろなことが起こっています。そこで起こっていることの1つは,宇宙ではどんどん鉄原子というのがつくられています。私たちの血液中のヘモグロビンの中にある鉄原子のルーツを訪ねますと,今から60億年以上前の星が宇宙のどこかで爆発して,われわれの体をつくっていることが最近の研究で明確にわかるようになってきました。
新しい視点に立って物事を見ることが,新しい世界を切り開きます。(映像使用)