1960年神戸生まれ。東京大学大学院物理学科修士課程修了。マッキンゼーで10年間,日本及び北欧企業のコンサルティングに従事。’98年六甲山で「ラーンネット・グローバルスクール」創立。大前研一氏とビジネス・ブレークスクール大学院大学設立。’10年から神戸情報大学院大学学長
32~34歳のころ,デンマークに住んでいたときに娘が受けた教育に感銘を受けました。帰国後,阪神・淡路大震災がありました。それを期に,自分が本当にやりたいことは何かを改めて考えたとき,デンマークの教育が頭にあり,ラーンネット・グローバルスクールを設立しました。きょうは,デンマークの話,ラーンネット・グローバルスクールの話をしたいと思います。
私の長女がデンマーク時代に通っていた幼稚園は一言で言うと,子どもの特徴を認めていました。娘は当時,引っ込み思案。私も子どものころ同じような性格で,母親や先生から「もっと友達と遊びなさい」と言われていましたが,なかなかできませんでした。娘は最初,突っ立って黙って見ていることが多かったそうです。ところが先生は「観察力がすばらしい」と。娘は見るところから始め,観察し,動く。動き始めたらいろいろなことができる。と,認めていただいた。
一方,動き回って成長する子どももいる。日本だと,動き回っている子には「おとなしくしなさい」,じっとしている子には「もっと動きなさい」と言ってしまいがちですが,デンマークの幼稚園は,じっとしている娘には,「観察力がすばらしい」,動き回る子には,「行動力がすばらしい」と,認めることから入る。すると非常に自信がつき,自分から挑戦できる性格になります。
娘の場合も最初は友達ができなかったのですが,半年後は皆に声をかけている。友達と遊ぶ約束をして帰ってくる。私は小学4年生くらいまで自分を発揮できませんでしたが,娘は積極的になりました。帰国後も,音楽をやりたい,絵を描きたい,勉強もしたい,と。今は21歳でカナダに留学しています。生物専攻ですが,副専攻は歴史。とにかく非常に生き生きと育ってくれた。これがデンマークの教育に対する私の原体験です。
日本はテストなど競争は大事,それで子どもは頑張るとの考えがあります。人の能力には優劣や得意・苦手があり,学ぶ内容は文部科学省が決め,授業は先生が教える。最近は少し薄れているかもしれませんが,「いい学校,いい会社に行ければ幸せになれる」と考えがちです。社会問題,何か身近な問題が起こったときに対しての態度でも,教育なら「文科省や学校の先生が何とかする」となるのが,日本の特徴です。
デンマークは違うやり方です。例えば,小中学校のテストは法律で禁じています。なぜか。これは私が実際にスクールを始めてわかったのですが,点が高い子はいいが,低いと苦手意識を持ってしまう。特に小さい子は,最初で悪い点になると,先へ動きづらくなる。しかし,苦手意識をつくらないことによって苦手科目もできません。学ぶこと,成長することに意欲的になる。そうなってしまえば,後は競争のあるところに出ても,自信を持っていろいろなことに挑戦できます。
学校に関してはかなり自由度があります。学ぶ内容は学校ごとに決めていい。先生からの一方通行ではなく,先生と子ども同士の対話が豊富です。また,社会問題に対しては,誰かがいい社会をつくってくれるではなく,自分たちでいい社会をつくっていくという意識がある。問題があったときに自分たちで議論して,どんな解決策があるか議論する。その結果,デンマークは「幸福度」というランキングで1位です。自分たちで住みやすい社会をつくっていくことで幸せ感がある,と。
私は日本人です。デンマーク礼賛,日本が悪いとは思っておりませんが,このデンマークでやっていることが参考になるのではと考え,帰国後,新しい教育をやろうということにつながりました。
子どもに勉強を強制させるのを,私は「第1の教育」と呼んでいます。それが,ゆとり教育でもう少し個性を認めようとなりましたが,子どもに任せると勝手なことをやり始める。現場の先生も戸惑いがあり,結果的に放任になってしまった。これを「第2」とします。デンマークはどちらでもない。子ども自身が何をやりたいかを考えて自立的に学び,先生が支援する。それを私は「第3の教育」と呼んでいます。ラーンネットの場合,この「第3の教育」を重視しています。
今,六甲山の標高850メートルのところに学校があり,自然の中で23人の生徒が学んでいます。できるだけ教科書ではなく,身の回りの現実,地域の社会や自然を題材に学ぶ。基礎学力をおろそかにしていいわけではなく,しっかり身につけ,それを実際の自分たちの社会に応用していく。テストによる序列化はしませんが,一人ひとりの子どもを観察をし,今何ができている,できていないということを把握して指導しています。
初期の入学生は大学生になりました。コンピューターが得意な子どもがプログラミングの大会に出たり,スポーツで頑張ってウエイトリフティングで大活躍している子もいれば,イルカが大好きだった子が,その分野で研究を進めています。
知識や教育は,いい学校,いい会社に行くためではなく,自分の人生や社会を豊かにするためにあると思っています。競争を全面否定するわけではありません。ただ,現代社会は余りにもそれに偏り過ぎています。人よりも収入が高いとか,いい場所に住んでいるではなく,もっと本質的に,自分自身を磨いて,人間力も磨いて,技術も磨いて,社会に貢献するような生き方をしてほしい,と思い活動をしています。(映像使用)