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2014年4月11日(金)第4,481回 例会

iPS 細胞が切り開くこれからの医療

中 畑  龍 俊 氏

京都大学 iPS 細胞研究所
副所長
特定拠点教授
中 畑  龍 俊 

1945年生まれ。’70年信州大学医学部医学科卒業,’80~’82年米南カロライナ医科大学血液内科リサーチフェロー,’93年東京大学医科学研究所癌病態学研究部教授,’99年京都大学大学院医学研究科発達小児科学教授,2010年より京都大学iPS細胞研究所副所長,臨床応用研究部門教授,現在に至る。

 山中伸弥教授が所長を務めているiPS細胞研究所で働いています。ご存じのように,2012年のノーベル医学生理学賞はイギリスのジョン・ガードン先生と山中伸弥教授が受賞しました。受賞理由は「皮膚や筋肉などの分化した細胞が受精卵に非常に近い状態まで戻り得る」ことを世界で最初に報告したことです。われわれの体は,受精卵が細胞分裂を繰り返していろいろな組織ができて,この分化は一方通行で進行すると考えられていたわけですが,いったん分化した細胞も,2 つの方法によって受精卵に近い状態まで戻し得ることを初めて報告したことでお2 人が受賞されました。山中教授の場合は,現在では「山中因子」と呼ばれている4 つの,いずれも「転写因子」と呼ばれる因子ですが,皮膚の細胞にこの4 つの遺伝子を導入するとiPS細胞がつくられることを2006年にマウス,2007年にはヒトで同じことが報告されました。

様々な医療への応用

 iPS細胞を使って様々な医療への応用が考えられています。1 つは,このiPS細胞をつくって,そこから欲しい細胞をつくり出し,その細胞を使った細胞移植,あるいは再生医療と言われる医療です。パーキンソン病,網膜疾患,iPS細胞から心筋をつくり出して心臓移植の代わりに使う,脊髄損傷に対する神経幹細胞をiPS細胞からつくり出して移植をする,そのほか血液細胞をiPS細胞からつくって輸血の代わりのものをつくるというようなことが考えられています。

 恐らく一番最初に始まる再生医療は,神戸の理化学研究所の高橋政代先生が考えられている「加齢黄斑変性」に対するiPS細胞由来の網膜色素上皮細胞を用いた再生医療です。加齢黄斑変性は,光を感知する網膜の裏にある色素上皮細胞がだんだん少なくなって脱落,目が見えなくなります。この細胞をつくり出して目の奥に移植をすれば,食いとめられるのではないかという治療です。

 高橋淳先生,われわれの研究所の教授で高橋政代先生のご主人ですが,彼は「パーキンソン病」に対する再生医療を研究しています。パーキンソン病は,ドーパミンという物質をつくる神経細胞が脱落してしまう疾患です。iPS細胞からその細胞をつくり出して移植すればパーキンソン病は食いとめられるのではないかと考えられています。

 iPS細胞を使った再生医療はもう目の前まで来ているわけですが,このiPS細胞を実際に一般の医療としてこれから進めていくためには問題点もあります。患者さん毎にこのiPS細胞をつくっていたらお金と時間があまりにもかかってしまいます。このため多くの人に使えるような「HLAホモドナー」からiPS細胞をつくって,それを応用しようということが考えられています。

 iPS細胞の使い道として,もう1 つの大きな方向もあります。それは患者さんのiPS細胞をつくって患者さんの侵されている臓器の細胞に分化させて,その細胞を使って診断したり病態を解明し,新しい薬を見つけることが考えられています。筋萎縮性側索硬化症(ALS)という病気は,正常な筋肉がだんだんやせ細り,身体じゅうの筋肉がやせ細ってしまう。運動ニューロンが死滅するために起こりますが,ALSの患者さんと正常な人からつくったiPS細胞からつくった運動ニューロンを比較すると,形に大きな差があるなど様々なことがわかってきました。

iPS 細胞を使った難病研究

 私はもともと小児科医で,特に子どものいろいろな難病を扱っており,特に血液とか腫瘍,免疫異常を研究して実際の臨床を行ってきました。そのうちの「CINCA症候群」は免疫の異常で起こってくる病気で,解析するためにはiPS細胞から血液細胞をきっちりつくり出す必要があります。

 「CINCA症候群」は難病の最たる病気で,生まれてすぐから熱がずっと出る,体じゅうにじんましんのような発疹が出る,関節が非常に腫れてしまう,難聴で耳が聞こえない,身長も伸びない。患者さんからiPS細胞を実際につくってそこから分化させると,遺伝子異常を持った細胞と,異常を持たない細胞を,その一人の患者さんからつくられることがわかりました。その細胞から単球・マクロファージをつくり出してこの両方を比較し,最終的にはインフラマソーム(タンパク質の複合体)自身を抑えるような薬をつくらないとだめだということで,現在われわれもそれに向かった研究を進めています。

1 0 年間の達成目標

 われわれの研究所では,山中教授が毎年「10年間の達成目標」を掲げています。「iPS細胞技術を確立して,しかも知財をしっかり確保する」,「HLAホモのiPS細胞,再生医療用iPS細胞ストックをつくって構築し,必要な人に送って再生医療をする」,「再生医療の前臨床試験から臨床試験へ。――患者さんに再生医療を始める前に,サルとか大型の動物を使った前臨床試験を行う。前臨床試験をしっかりやって,実際の患者さんへの医療は病院でこういった臨床試験を進めていく」,「患者さん由来のiPS細胞をつくり,それを用いて病因,病態を解明するとともに新しい治療薬を開発する」という4 大目標を掲げて,毎年皆にこういった話をしています。京都大学では,特に知財の確保や広報など多くのスタッフを雇っていますので,「iPS細胞研究基金」を使ってそういった方たちを雇用しています。また機会がありましたらご支援のほどよろしくお願いしたいと思います。

(スライドとともに)