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2014年12月12日(金)第4,513回 例会

福祉と神道の心

櫻 井  治 男 氏

皇學館大学 文学部
教授
櫻 井  治 男 

1949年生まれ。’73年皇學館大学大学院文学研究科修士課程国文学専攻修了。助手・講師・助教授を経て,’93年文学部教授。神道研究所長,社会福祉学部教授の後,現職。日本宗教学会・神道宗教学会・(財)国際宗教研究所各理事。専門は宗教社会学,近代神道・神社祭祀研究。博士(宗教学)。

 本日は神道と福祉の心とのつながりについて,三つの話題を中心に話を進めたいと思います。一つ目は,共同社会の一員として自覚するということ。二つ目は,人がお互いを尊重し,社会の役割を分担しているということ。三つ目は,人々は実は心の中に神々を宿している,そこを傷つけないということの大切さです。

共同社会の結びつき

 ヒンズー教,ゾロアスター教,道教,そして神道といった民族宗教には,民族によって伝えられてきた神話や聖なる物語があり,その中に民族の知恵や宗教の意識というものが含まれています。

 中でも神道は「お祭り」を一つの特徴としていました。神道は政治的なイデオロギーというよりは,社会集団の結びつき,基本的には地域コミュニティーの結びつきをより貴い価値として,「神社」と呼ばれる宗教施設を中心に,神様とともにある共同生活を自覚するきっかけを提供してきました。また,日本の神話にはいろいろな神々がいますが,その存在や働き,そしてそれをどう感じ,受け入れて行動の参考にするかということも重んじられてきました。

 日本の福祉は現在,地域のコミュニティーにあるソーシャルキャピタルを活用するという方向に変化してきています。その推進のために,伝統的な価値観や,あるいは先祖から培われてきた共同体,共同意識というものをもう一度再構築していくことが,これからの福祉にとって必要です。

 地域社会と神社の役割を考えると,お祭りを通じた人々のつながりと,私たちの生活に潤いを与えている環境を指摘することができます。「鎮守の森」は小さな森ですが,生活の中にあることによって,心が洗われ,自然の大切さを感じるきっかけになっています。この点で,私は神道や神社の伝統的な文化や価値が持っている役割に注目しています。

社会の中の役割

 次は役割の分担という話です。日本の神話にはさまざまな神々の物語が記録されていますが,その中に,田んぼに一本足で立つかかしが神として登場します。久延毘古(くえびこ)と呼ばれる神です。歩行が困難な神ですが,その一方で世の中のことはすべて知っている知恵者としても描かれています。

 久延毘古神は,大国主大神が日本の国づくりに大きな役割を果たしたときに,それを助けるために海のかなたからやって来たとても小さな神様,少彦名神(すくなひこなのかみ)がどういう神かということを明らかにしました。

 少彦名神は体は小さいですが,国をつくる上でも欠かせない重要な神であり,現在でも特別な力を発揮する神,病を治す神,特に薬の神様として信仰されています。

 久延毘古神と少彦名神はそれぞれに役割があって,大きな働きをしました。このような神の観念は,実は人間は多様であり,個性に応じて社会に参画しているんだということを示しています。

 もう一例は「ものくさ太郎」,お伽話といわれる中世の説話に登場する話です。

 非常になまけ者の男が立身出世していくというサクセスストーリーの一種です。一日中何もしないでゴロゴロしている男だったのですが,領主があまりのものぐささに驚いて「このものくさ太郎をしっかりと養いなさい」とおふれを出しました。

 現代社会ではこうした状況はあり得ないし,社会的にこのような存在は葬り去られるかもしれません。この内容は,ものくさ太郎のような存在であったとしても社会はそれを受け入れて養う余裕を持つという重要性を教えてくれているように思われます。

心に宿る魂

 最後に,神道の理念としての「心の正直」,あるいは「心の神々」という問題です。これは中世の神道の教えの一つです。人間は正直であること,そのためには心身を清浄に保つことが必要であると考えられた内容です。

 禊(みそぎ)とか祓え(はらえ)という言葉を聞かれたことがあると思います。禊や祓えによって心身の清浄さが保障されるわけですが,内面,すなわち心の内はどうあるべきかというのを説いたのが神道の一つの教えです。

 「心は神明(しんめい)の舎(みあらか)」といって,人の心は神が宿るお社です。そのためには「心神(心の中に宿る神)を傷つけてはいけない」という意味になります。

 私たちは怒りの気持ちや相手を憎む気持ちを持つことがありますが,そうした人間の心の魂,これを神々の働きとして示したのが神道の四つの魂の考え方です。

 「和魂(にぎみたま)」「荒魂(あらみたま)」「奇魂(くしみたま)」「幸魂(さきみたま)」です。和魂は非常に穏やかな魂,荒魂は非常に活き活きとした活動的な魂,奇魂は霊妙な働きの魂,幸魂は幸福をもたらす魂です。

 激しい怒りが起こったときには,穏やかに向き合い,相手と接触し合う。非常に弱くなったときには,むしろ荒魂の活き活きとした魂の活動を願い,勇気づけられるようにしていく。何か不思議な自分の力や能力を超えた大きな働きを奇魂として,ご縁として大事にする。それがやがては皆の心の中に幸魂というものが宿るであろうという考えです。そのために,人は心身を清浄にし,正直を心がけることが大切であるという教えです。

 こうした考え方を福祉の心として他の方々に向き合い,お互いの存在意義を認め合い,社会の一員として役割を果たしていこうと思っております。

(スライドとともに)