1971年東京大学法学部中退,外務省入省。’98年内閣総理大臣秘書官,2000年在米国大使館公使,’01年条約局長,’02年北米局長,’06年在インドネシア国大使,’08年在英国大使,’11年住友商事株式会社顧問
今日は,マスコミを賑わしている南シナ海の問題に焦点を当てて話をしたいと思います。今朝,新幹線の車内誌を見たら,「よくわかる南シナ海」というタイトルで,パンダが海に手を突っ込んでいる表紙になっていて,皆さんの関心が高いんだな,と改めて思った次第です。
今の世界は,一言で言えば,冷戦が終わって米国が中心となってつくり上げてきた国際秩序が,揺らいで崩れかけている状況です。原因は米国のリーダーシップの低下です。米国には,世界で何が起きているかよりもニューヨークのホームレスをどうするかの方が大事,という考え方があります。そこへ,オバマ氏が海外から手を引くことを約束して大統領になったので,海外の安全保障問題に関わるのは非常に慎重です。
その空白を突く形で,秩序に挑戦をしているのが中国,ロシアという構図です。今年8月に象徴的な出来事が起こりました。中国とロシアが共同で軍事演習をやったとき,中国の軍艦が史上初めて,アラスカ沖で米国の領海の中に入ったのです。
ロシアもクリミア併合など,ヨーロッパ方面でいろいろとやっています。地中海における最近のロシア海軍のプレゼンスは,かつてないほど高まっています。
秩序を守ろうとする米国に対抗する中国あるいはロシアというこの図式が最も顕著に出ているのがアジア太平洋地域で,米国と中国のせめぎ合いが最も先鋭化しているのが南シナ海だと思います。
中国は非常に長期的な目標と戦略を持っています。それは,中国中心のアジアをつくること,習近平の言う「中華復興の夢」です。中国の経済成長もすごいですが,軍事力の伸びもすごい。過去27年で41倍になりました。2005年は日本の方が多いのに,今年は日本の3.3倍です。
この軍事力,経済力を背景に,習近平は,対外的にはなるべく頭を低く,から「大きな鷹は爪を誇示する」政策に大きく転換しています。その典型が,南シナ海における露骨とも言える現状を変えようとする動きです。
去年5月,上海の国際会議で習近平がこう演説しました。「アジアの安全はアジアの人々によって守らなければいけない」。当たり前のことですが,何を言おうとしているかというと,米国のいないアジアをつくりたい。そうすれば,自然と一番力の強い中国を中心としたアジアができる。これが中華復興の夢です。従って中国はこの目標に向かって粘り強い,いわば持久戦を進めていくと思います。
そうは言っても,アジアから米国を追い出すなんてできるはずもありません。アジアにおける最強の軍事大国は中国でもなければ日本でもない。米国です。在日米軍がいて在韓米軍がいる。海の上に第7艦隊がいる。習近平もわかっていて,そこで打ち出したのが,米国との「新型大国関係」です。大国が手を取り合ってアジアを治めていこうと。習近平は米国と日本を切り離そうとも言っています。
このような中国を米国はどう考えているか。習近平が出てきたとき,オバマ政権は開明的じゃないかと期待し,首脳会談を重ねた。ところが,東シナ海に防空識別圏を設定したり,南シナ海でベトナムやフィリピンと衝突したりと,これは違うとだんだん警戒的になってきています。そして米国は,兵力をアジアに少しずつ移し,2020年までに兵力の6割をアジアに配置する「リバランス政策」をとっています。こういう中で,南シナ海の問題が先鋭化してきているのです。
中国はずいぶん前から南シナ海を南に下りてきていて,ベトナム,フィリピン,マレーシア等々と,南沙,西沙,東沙,中沙諸島で領有権争いが起こっています。古いですが1970年と’88年,西沙と南沙でベトナムと実際に交戦しています。2010年以降も,そこら中で関係国とぶつかっているにも関わらず,中国は着々と既成事実化を進めます。高潮時には水没する岩礁に少しずつ,掘っ立て小屋のようなものを建ててきました。
ところが最近,様変わりします。小さな構築物だったのが,立派な陸地になっている。何もないところに島ができて,滑走路もつくっている。これを軍事基地化すると,完全にこの辺りの制海権,制空権を押さえることになります。そこで,米国は「航行自由作戦」ということで,10月27日,駆逐艦を人工島の周りに航行させました。カーター国務長官は「今後ともやる」と言っています。中国は反発して,「場合によっては戦火を交える可能性もある」と言っています。そんなことはないと思いますが。
基本的には米中のせめぎ合い,ベトナムやフィリピンなど領有権を主張している国の問題ですが,日本にとって他人事ではありません。日本に資源を運ぶ船は必ず南シナ海を通らなければならない。この海域がもし不安定化すると,日本の国益を大きく損ねるのです。
南シナ海問題は,日本にとっては対中政策問題なのです。経済的にも軍事的にも大国となった中国とどう向き合っていくのかは,日本外交最大の課題かもしれません。
私は別に中国が嫌いではありません。極めて現実主義的な人間だと思っています。中国とは互いに引っ越すわけにはいきませんから,うまくやっていかなければならない。そのためには,中国のおかしな動きに対してはきちんと「抑止」を行う,それと同時に何とかうまくやっていく。このバランスをとっていくのが日本にとって一番大事だと思います。
(スライドとともに)