1959年福岡生まれ大阪育ち。’82年武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。同年東北新社に入社。’83年「ナショナル換気扇」で演出デビュー。その後東北新社がデジタル映像基地「オムニバスジャパン」を創設,これを機にいちはやくデジタル技術をCMに導入しエンタテインメント性の高いCMを数多く演出。
現在は同社で取締役を務める傍ら多数のCMを演出。様々な分野で活躍中。
子どもの時は賢いけれども,鈍足でした。どうしたらモテるのかを考え,歌手の「ブルコメ(ブルー・コメッツ)」とか「ピンキラ(ピンキーとキラーズ)」の真似をしました。要は好きなあの子を楽しませる。そして,お恥ずかしい話ですが,相手の顔色を伺って,好かれようとする作戦でした。
中学では,顔色を伺うバンドを作りました。大阪府立豊中高校では,父に「ビートルズになる」と言うと,反対されました。ちなみに父は当時博報堂の大阪支社長。「勉強できないなら」と美術大学を勧められました。「エエッ!」と思いましたが,ビートルズのジョン・レノンは,リバプールのアートスクールで隣の学校のポール・マッカートニーと出会ったと思い直して,武蔵野美術大学に入りました。そこでバンド「ケチャップス」を作り,やっぱり観客の顔色を伺いながら好かれようとする作戦をとりました。本日はその時の曲で,私が作詞・作曲して歌っている「餃子の歌」に合わせ,35年間してきたテレビコマーシャルの監督の仕事を見ていただきます。
(「燃焼系アミノ式」「伊右衛門」など,これまで手掛けたCM作品を映像で紹介)
東北新社には1982年に入社いたします。異動でCMディレクターとなり,師匠がつきましたが,ここでも師匠を楽しませなければいけません。顔色を伺い,好かれようとする作戦を延々続けました。演出家としてデビューしても,発注するプロデューサーやCMの原作者(プランナー)の顔色を伺いました。
演出プランはクライアントが喜んでいる姿,テレビを見ている人の顔を思い浮かべて映像の設計図を作ります。これをプランナーにプレゼンする時,相手が足りないと思うものを聞き出す時に使うのが,「ラミレスの法則」です。長くプロ野球で活躍したアレックス・ラミレスさん(現DeNa監督)は,2,000本安打を打ちました。インタビューでは「日本で成功するためには,コーチに指導を受けた時,自分の意見を言っちゃダメ。その前に『はい,わかりました』と一回受けないといけない」と言いました。私も「そうだな,まずクレームを聞いてみよう」と考えたのです。
それと「周富徳理論」です。周富徳さんは中華の鉄人と言われた料理人です。タレントの石橋貴明さんと一緒に,周富徳さんの自信作のラーメンを食べに行ったことがありましたが,素人の石橋さんが「これダメだよ。ネギ入れなきゃ」と指示を出したのです。周富徳さんは怒らず,「じゃ,入れてみるよ」って,若い人にネギを切ってこさせた。鉄人が素人のアイデアでもって改良を加える。「これ,すごいな。取り入れよう」と考えました。
CM制作の現場では様々な事情,様々な要因,様々な利害関係が渦巻いています。調和をうまく取っていくため,やはり顔色を伺いつつ,好かれていく作戦をとっていますが,いつか「これはもしかしたら哲学とちゃうかな」と考えるようになりました。それが「喜んでもらイズム」です。ここで,世界一を獲ったCMを見ていただきたいと思います。
(CM上映――カンヌ国際CMフェスティバルで最高賞のグランプリを獲得,’93年日清食品・カップヌードルの原始人シリーズ「hungry?」)
広告は,それに触れた人々を最終的には何らかの行動に導いていこうとするもので,たくさんの人の手間暇をかけた壮大な作戦です。しかも,私が作っているコマーシャルというのは,人々の目に直接触れていく表現のパート。「表現」の果たす役割とは,「きれいやなぁ」「かっこええなぁ」「感動するわぁ」とかのビックリマークです。それによって人の心をちょっとプラスに動かさなければと思っています。喜んでもらうことがスタートで,これこそ「喜んでもらイズム」です。
広告に接した人に喜んでもらうことは,広告主さんと生活者の間に何らかのよい関係を作ること。それがコミュニケーションではないかと思います。今,広告はビッグデータを使って分析しますが,もう一つの側面として,企業や広告主の「ひいき」「ファン」になっていただくことが,ものすごく大きい。広告主と生活者の間に,「あっ,あの会社ちょっと好き」という関係がいっぱいできる社会は,豊かな社会です。その関係をコマーシャルで作れないかというのが,僕の仕事の世の中的な意義なんじゃないかと思っています。それが「喜んでもらイズム」です。
一番大事と思っているのは,想像です。発言も含めた自分の行いに対して,相手の心が一体どう感じるのかということを,あれこれと想像する自分の心の働きです。想像力というよりも,想像する心――「想像心」が大事なのです。
これは「僕は足が遅いのにモテたい」と思うところからスタートしています。相手の気を引いて,顔色を伺って,楽しませようとしてきました。これが「喜んでもらイズム」です。今でもこれからもずっと僕の大きな目標なのです。
最後に,大阪の博報堂でつくりまして世界の賞を取りました作品と,作詞したCMを見ていただいて,締めくくりたいと思います。
(CM映像 パナソニック「あかり 明るいだけでは未来は暗い」 ナレーター大滝秀治)
(CM映像 資生堂 「新しい私になって」 作曲・熊木杏里)
ご清聴ありがとうございました。
(スライドとともに)