前参議院議員
タリーズコーヒージャパン(株)
創業者

松 田  公 太

1968年生まれ。’90年筑波大学卒業後,三和銀行(現・三菱東京UFJ銀行)を経て,’97年にタリーズコーヒー日本1号店を創業。2001年株式上場,300店舗超のチェーン店に育て上げ,’07年同社社長を退任。’08年シンガポールへ拠点を移し,’09年EGGS’N THINGS INTERNATIONAL HOLDINGS PTE. LTDをシンガポールに設立。日本では’10年に原宿1号店をOPEN,「パンケーキブーム」の火付け役となった。同年,参議院議員選挙で初当選。’16年議員任期満了後は,飲食事業の海外展開や自然エネルギーの事業など精力的に活動中。著書も多数。

 高校を卒業するまでアメリカに長年住んでいましたが,当時は日米貿易摩擦が起きており,肩身の狭い思いをしました。すしや刺し身は全く受け入れられておらず,父が漁業関係のサラリーマンで,家の大きな冷凍庫に魚が入っていると,友達には「生の魚を食べる野蛮な人種だ」とずっと言われていました。それが悔しくて,日本の素晴らしさをいつかは世界に広げていこうと思って育ちました。日本人としての強いアイデンティティーを持っていると思いますし,この国が好きだという気持ちは誰にも負けないと思っております。
海外留学が急減, 内向きを懸念
 今日の演題「今も昔も海外に出ると良く見える日本」,これをお聞きになってどのように感じますか。「日本はやっぱりいい国だ」と再認識する意味にも,「外から見ることによって日本の問題点が良く見える」という意味にも取れます。学生や起業家,社会人の方々と話すと,最近は残念ながら,だんだん「日本はやっぱりいい国」と捉える若者が非常に多くなってきていると思います。
 文部科学省発表の「日本人の海外留学状況」を見ると,2004年の約8万2,900人から’15年には約5万4,600人へと減っています。ハーバードに留学するアジア人の数が,インド,中国,韓国から何十人単位で行っている時期にも,日本からはたったの1人しか行かなかったことがありました。これは,私にとって衝撃的なニュースでした。
 一方,NHKの「日本人の意識」という5年ごとの全国調査では「機会があれば海外で仕事や勉強をしてみたい」という人は’03年の44%から’13年は36%と減っています。一方,「日本は一流国だ」と思っている人は同じ期間に35%から54%へとどんどん上がっている。「日本人は他の国民に比べて,極めて優れた素質を持っている」というのも,51%から68%まで伸びています。自分の国にプライドを持つのは非常に重要ですが,海外に行きたくない,住んだこともない,それなのに日本が最高だと疑念を持たずに言うことは疑問です。内向きの姿勢が出ていると感じます。
 私が10数年前,ヨーロッパを旅して回った時に,地元の人が2~3時間で町のコアなところを案内してくれるというマッチングサービスを見つけ,日本に帰って,このビジネスを立ち上げることができないかと思っていろいろ調べました。英語を勉強したいと思っている学生が会社に登録したら,いろんな外国の方とコミュニケーションを取って勉強にもなるし,小遣い稼ぎもできる。しかし,実は通訳は出来ますが,観光案内もするのであれば,通訳案内士という難しい国家資格を取らなければならないと分かったのです。このため当時諦めたのですが,のちに国会では変更を訴えて,今年の1月から改正されることになりました。
新規事業拡大に国内規制の壁
 海外に行くと,様々なビジネスを見つけますが,日本では規制が多くて出来ないことが多いのです。スマートフォンを活用した配車サービス「ウーバー」もそうです。ボタンひとつで迎えに来てくれます。日本では白タク規制があり,タクシー業界の反対があって,改正が進まないという状況です。しかし,このことで国内に新規のビジネスが生まれるチャンスを逃しています。中国では滴滴(ディディ)という会社があり,5兆円の時価総額になっています。インドにも,マレーシアにもあります。日本にもしウーバーのような会社ができれば,日本人の方がおもてなしは優れていますから,もっと素晴らしいものを作ったかもしれません。
 私はタリーズを日本で始め,三百何十店舗まで広げて,今は六百五十店舗になっています。しかし,1号店を造る時は,7,000万円を借金して始めました。朝から晩まで店でコーヒーを作り続けましたが,お金がない。その時ネットで,席がない小さなお店が米国にあると知りました。5坪ですから,1坪5万円でも家賃25万円で展開できる。1号店は三井物産,東京の本社でした。それを見て,日本ユニシスやニッサンの本社などにも作り,やっと利益が出て,スターバックスと戦うことが出来るようになったのです。
 病院の店舗も昔は日本にありませんでしたが,これも展開しました。アメリカのチルドレンホスピタルで,小児がんのお子さんやご家族が一緒にコーヒー飲んだり,食べたりしていたのを見たのです。それまでの日本の大病院は暗くて,ジメジメしたところが多かったので,明るくしたいと思ったのです。私は弟を二十歳のころに病院で亡くしています。体の動かない弟を車いすに乗せて病院の中を回りましたが,弟はつまらないとよく言っていました。最初に東大病院が導入していただき,その後広がりました。
海外から取り入れ, 日本式に
 日本人は残念ながらイノベーション(新機軸)が不得意だと思っています。しかし,既にあるものをより良くして広げるという力は本当にすごい。世界でいいものを見つけて,すぐ日本に持ってきて,規制緩和でどんどん日本スタイルとして良いモノを作り上げていけば,未来は明るいと思います。皆さんも社員の方やお子さん,お孫さんに,海外に行ってこいと言っていただければ,日本はますます良くなると思っています。
(スライドとともに)




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