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2021年9月10日(金)第4,803回 例会

ベラルーシという国

田 中  信 行 君(放送)

会員・プログラム委員長 田 中  信 行  (放送)

1955年京都市生まれ。’80年神戸商科大学卒業。同年日本経済新聞社入社。’92年モスクワ支局長,’99年欧州総局(ロンドン)編集部次長,2003年西部支社(福岡)編集部長,’06年東京編集局次長兼社会部長。’11年執行役員大阪製作本部長兼日経西日本製作センター社長,’12年日経BP社取締役,’16年日本経済新聞社専務取締役,’18年テレビ大阪社長。著書に「サラリーマン地球企業時代」「異説世界経済」(共に共著),「さまよえるロシア」など。’18年9月当クラブ入会。

 モスクワに4年間駐在していた当時,ソ連崩壊直後の旧ソ連圏を取材していました。ベラルーシもその一環で,ルカシェンコ大統領に単独インタビューした数少ない日本人記者の一人と自認していますので,ベラルーシについて語ってみたいと思います。

何かとお騒がせな「白いロシア」の国

 ベラルーシの陸上選手,チマノウスカヤさんのことが最近,ニュースになりました。東京五輪の陸上女子100m,200mにエントリーした選手で,ご承知のように五輪期間中にポーランドに亡命しました。事の起こりは,1,600mリレーの選手に出場資格がないことでした。チマノウスカヤ選手は,監督から1,600mリレーにも出場するよう言われましたが,「私は100m,200mの短距離選手なのに。400mなんて走ったことはない。もっと選手をリスペクトするべきなんじゃないか」とインスタグラムに書き込んだところ,監督から「荷物をまとめろ。すぐに本国に帰ってもらう」との指示を受けました。車で羽田空港に向かう途中,祖母から電話で「今帰ってきたら精神病院に送られるか,刑務所だ。絶対に帰ってくるな」と強く言われ,車を降りるなり,近くの警察官に保護を求めてそのままポーランド大使館に行って亡命したのです。
 今年5月にはベラルーシ上空を飛んでいた民間旅客機が同国の首都ミンスクの空港に強制着陸させられました。搭乗していた反体制活動家が拘束され,欧米諸国は反発。エコノミスト誌は「政府によるハイジャックだ」と批判しました。
 そんなお騒がせなベラルーシは,ロシア,ウクライナ,ポーランド,リトアニア,ラトビアに囲まれた内陸国です。面積は日本の56%で,人口は940万人。ソ連時代から工業地域として知られ,輸出品としてはカリウム肥料が有名です。一方,民主化度の指数で言えば,世界150位。かなりの独裁国家です。
 ソ連時代には「白ロシア」と呼ばれていた地域で,「ベラルーシ」とは,「白いロシア」という意味です。ロシアの多くはかつて,モンゴル人の支配下に入りましたが,ベラルーシ人は「白いスラブ人の血を守った」との思いからそう名乗っています。

欧州最後の独裁者

 ベラルーシは1991年に独立し,ソ連崩壊のきっかけとなります。’94年の第1回大統領選挙でアレクサンドル・ルカシェンコ氏が当選。私はこの選挙を取材しました。別の候補者が有力視されていましたが,途中からルカシェンコ旋風が起こり,ポピュリスト政治の先駆けのような形で,当選を果たします。
 白ロシアの議員を務めていたルカシェンコ氏は’93年,汚職追及委員会の議長に就任します。そこから彼の政治的な快進撃が始まります。ソ連崩壊当時,ベラルーシも非常に混乱していました。その中で,やはり汚職追放というのは国民に響いたのではないでしょうか。彼はモスクワの大方の予想を打ち破って大統領となり,自身の権力強化に動き出します。大統領任期のルールを自分で勝手につくって任期を延長し,昨年8月に6選を果たします。欧州最後の独裁者と呼ばれています。
 ただ人気がないわけではなく,ロシアやウクライナでは国営企業が民営化された際,相当な経済格差,所得格差が生まれましたが,そういう格差はベラルーシでは起きず,特に農村部でルカシェンコ氏支持はいまだに強いのです。

「損益分岐点」探るロシア

 欧米諸国は,特に旅客機の強制着陸以降,ベラルーシへの経済制裁を強化しています。世界2位の輸出実績のあるカリウム肥料についても,EUは輸入制限をかけていますし,米国は国営企業9社のほか,ベラルーシのオリンピック委員会も制裁対象に加えました。同国のオリンピック委員会が大統領ファミリーの組織となっており,大統領自身,今年2月まで委員長を務め,その後は大統領の長男が引き継いでいます。陸上選手がインスタグラムで少し文句を言っただけですぐに帰国命令が出たのは,大統領ファミリーの反感を買ったからではないでしょうか。
 ベラルーシは地政学的に今後どうなっていくのでしょうか。やはり将来を占う上で,ロシアの存在は欠かせません。ルカシェンコ氏の政治的立場は,ロシア頼みです。一方,プーチン大統領はルカシェンコ氏を信用していません。ルカシェンコ氏が以前,自分の立場を守るために欧米諸国にも色目を使ったことがあり,そのことをプーチン氏は絶対忘れていません。しかし,ルカシェンコ氏が強権的であることは,ロシアにとっても地政学上のメリットがあります。
 ベラルーシ西側のポーランド,リトアニア,ラトビア,エストニアは既にEUの加盟国で,NATOメンバーでもあります。ウクライナも西側と協調路線をとっています。ベラルーシはNATO,EUの加盟国に対する緩衝材であり,ベラルーシが親欧米になるとロシアは立場が非常に悪くなります。
 一方,欧米諸国がこれだけベラルーシの企業,団体,個人に制裁をかけていると,つき合っているロシアも制裁の対象になりかねません。クリミア問題で相当制裁を受けているロシアにとって,これ以上の制裁は避けたいのが実情です。今後ベラルーシとどうつき合っていくべきなのか。あまり深くつき合っても得ではないし,かと言っていきなりルカシェンコ政権が倒れるような事態も避けたい。ロシアにとっての「損益分岐点」を,プーチン氏は探っていくのだろうと思います。
(スライドとともに)