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2017年1月20日(金)第4,610回 例会

地域課題と向き合う広告づくり

鷹 觜  愛 郎 氏

(株)博報堂 インタラクティブデザイン局
クリエイティブディレクター
鷹 觜  愛 郎 
(たかのはし あいろう)

1963年岩手県出身。’90年盛岡博報堂入社。2011年,東日本大震災を支援する「浜のミサンガ『環(たまき)』」を企画し,仙台クリエイター・オブ・ザ・イヤー最高賞受賞。アドフェストグランプリ,アドスターズグランプリ,カンヌゴールド,ニューヨークADCゴールドなど世界の最高賞を受賞。その他施策を合わせ,現在77の海外賞を受賞中。

 2011年に故郷の岩手で大きな震災があり,地域の課題と向き合う広告づくりを意識するようになりました。’12年から東京で勤務していますが,今でも地域の広告を続けています。今日は3つの事例を紹介します。

希望のミサンガ

 震災直後に地元の沿岸の方々の大変な映像を見て,僕も何かしたくてたまりませんでした。しかし,一番大変なときに広告の仕事は世の中から姿を消し,テレビからはACだけが流れていました。自分の職能や仕事で役に立てないのか自問自答し,すごく悔しい思いをしました。広告業はお客様のご用命で始まる100%受注型の仕事なのですが,自主的・自発的に広告の仕事で役に立とうというプロジェクトを仲間たちと始めました。

 震災後,男性には瓦礫の撤去や浜の掃除などすぐに仕事が生まれましたが,女性の仕事が全くありませんでした。寄付や義援金がまだ入らない状態で,女性や高齢者のやりがいになる仕事をつくる支援を始めました。流されずに残った網工場に漁網を分けてもらい,浜の女性に「希望のミサンガ」をつくってもらって販売し,仕事の対価として代金を戻すプロジェクトです。

 地元テレビ局に企画書を持ち込み,テレビ局のウェブサイトで販売したところ,放送局のサイトが一瞬でダウンするくらい,すごい数の予約が集まりました。田舎のニュースが広まったのは,買った人がFacebookやTwitter,ブログなどのソーシャルメディアで情報を拡散したからです。YouTubeの動画コンテンツを見た人が話題にしてネットで広まり,全国,世界中から注文が来ました。全国ネットのメディアも取り上げ,さらに販売が伸びました。ネット通販で1億8千万円を売り上げ,最盛期は300人もの浜のお母さんを雇用してお給料の形で戻しました。

強い入口,広がる出口

 浜のミサンガでは地域から全国,世界へ情報を届ける鉄板セオリーを学びました。キーワードは「強い『入口』,広がる『出口』」です。インターネットはウェイティングメディアで,来てくれないと情報が届きませんから,興味を引く「強い入口」をつくる必要があります。人の喜怒哀楽,心にコミュニケートできる強い映像を入口に,サイトに来ていただいたら,シェアしてもらう。口コミしてもらえるわかりやすいキーワード,キービジュアルを絞り,「広がる出口」をつくる。マスモデルは大量生産・大量消費のために大量の情報を流せるところが強いモデルでしたが,シェアモデルは規模の大小ではなく,誰かに届ける価値がある情報の力で勝つチャンスがあります。

 次の事例は「ライスコード 過疎の農村と向き合う」です。人口8000人の青森県田舎舘村は約20年前から様々な色の稲を植え,成長すると田んぼに絵が浮かび上がる「田んぼアート」で大勢の人が訪れていました。ただ,お米の販売につなげる活用方法が課題でした。僕らは,日本の農風景とデジタル技術を組み合わせ,お米をつくる人と観光に来た人の両方に役立つ広告をつくれないかと思いました。過疎化が進む農村で風景から農作物を買えたら,農業の今後のひとつの課題解決になるのではないかと考えました。

 田んぼアートの見学者は,展望台に上るとほぼ全員が「ウワーッ」と言ってスマホやガラケーで撮影します。人は一番興奮しているときに一番財布のひもが緩くなります。展望台に登った最初の瞬間が,お米を購入する一番のタイミングだと思いました。そこで,写真を撮るのと同じ行為で,田んぼをスキャンするだけで購入サイトに飛び,手ぶらでお米を持ち帰れるアプリをつくりました。

 ポイントは風景を売り場にしたことです。通過型だった観光客を,モノを購入してくれるお客様に変えました。お米の売上は前年比で380%,昨年度の来場者は20万人を切るところから33万人まで伸びています。

 世界の広告の潮流にキーワードが2つあります。1つは,すべてのものがインターネットに接続され新しいビジネスになる「デジタルシフト(IoT)」。もう1つが「For good」で,「それは世の中のためになっていくのか」です。「For good」の概念では,①クライアントやその商品,ビジネスをよりよくする。②クライアントの商品やサービスを使う,お客様の暮らしもよくする。③社会や地域をよい方向に導く,の3点がよく言われます。多くの人がメディアになった時代,この「トリプルWIN」が,シェアしてもらえる最低条件で,社会の課題を企業の課題にする視点が,これからの競争優位をつくると言われています。

社会課題を企業の課題に

 3つ目の事例が,青森県弘前市のシャッター商店街で85年間続く「ジュエリーかまた」です。全国チェーン,そして少子高齢化とどう戦うか,地域の多くの専門店の見本そのものでした。手間のかかる修理・修繕やオーダーメイドのための職人を10人以上抱えてずっとやっておられたので,「売る」を主眼にした戦いでは全国ブランドに勝てないが,つくる,磨く,サービス差,技術者の差なら戦えると思いました。これをお客様にシェアしてもらえる物語にしようと,結婚指輪をオーダーメイドした実話を元に映像をつくりました。成果としてウェブからの来店は200%,スマホからの来店は400%以上増えています。

 課題というのは可能性です。広告は地域の可能性を広げる舞台になれます。地域から未来を動かす,東京への集約ではなく各地域が多極交易していける,そんな未来になればいいなと思います。

(スライド・映像とともに)