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2016年11月25日(金)第4,604回 例会

お坊さんのいるあそかビハーラ病院の緩和ケア

大 嶋  健三郎 氏

あそかビハーラ病院
院長
大 嶋  健三郎 

1976年東京都生まれ。昭和大学医学部卒業,同大学付属病院耳鼻咽喉科に入局。西本願寺が城陽市に2008年に設立した「あそかビハーラ病院」の非常勤医師を経て’12年に同病院院長に就任。長岡中央総合病院非常勤緩和ケア医。大学病院の緩和ケアを考える会世話人。

 あそかビハーラ病院は京都府南部,人口7万6,000人の城陽市にあります。西本願寺が設立した全28床,非常にコンパクトな病院です。完全独立型の緩和ケア病棟は全国に数ヵ所しかなく,ホスピス緩和ケアのみをやる病院です。2015年に認可を取得し,3名の僧侶が常駐してチーム医療に加わっています。お坊さんと医療者が力を合わせ,患者さんとご家族の苦しさに向き合っています。また,「臨床現場での僧侶育成」をさせていただいております。

人生最後の歩ける日

 Kさんという患者さんを紹介します。Kさんは大学病院ですい臓がんの治療をしていましたが,激痛のあまり抗がん剤を続けられなくなり,転院してきました。最初は,誰も寄せつけない状況でしたが,できるだけ毎日病室に通ううち,最後には本当に仲良くなりました。お坊さんと散歩に行くのが何よりの楽しみで,散歩の途中,これまでの人生のこと,病気の辛さなどを訴えていました。

 Kさんが3年前の2月15日,「先生,キッチン貸してよ」と言われました。病院には患者さんが自由に使えるキッチンがあり,楽しそうに料理されているなと思っていたら,料理が並んでから呼ばれたのは我々でした。1日遅れのバレンタインデーのプレゼントに料理を作ってくれていたのです。

 でも,その日の夜,彼女は容態が急変しました。がんの急変は3人に1人ぐらいおきますが,それを予測することはかなり難しいことです。結果的に,彼女は立って歩けた最後の1日を我々スタッフに感謝の料理をするために使われました。もし,時間が巻き戻せるなら,僕は違う1日にしたかった。人生最後に立って歩ける1日です。自分の娘や孫との大切な日にできる可能性があったわけです。僕が急変を予測していたら,彼女が僕らのために料理をするような日にはならなかった。でも,分からなかった中で,人生最後に立って歩けた1日を我々スタッフに感謝するための料理に使ってしまった事実に,ただただ僕らは感謝するしかないと思っております。

 Kさんは10日後の朝,「梅を見たい」と言われました。今日,明日亡くなってもおかしくない状態で,何とか30分,一緒に梅を見に行きました。Kさんは衰弱がひどく,膝に花を置くと喜ばれ,しばらく飲んでいなかった赤ワインを「一口だけでも」とおっしゃって飲まれました。とてもハートフルな瞬間でした。彼女は「ああ,楽しい。ああ,幸せ」と言ってくれました。明日やることも,明後日やることも,今日できるなら今日することがホスピス緩和ケアにおける大事な時間の使い方です。

 Kさんの心臓が止まったという報を受け,阿弥陀さんの前でお別れ会をした時,ご遺体を囲んでお酒を献杯させていただきました。皆泣きながらも,思い出話に笑顔がこぼれました。これこそが,我々がホスピス緩和ケアでやりたいと思っていることの一つかもしれません。

ホスピスの母

 シシリー・ソンダースという現代のホスピスのもとをつくった「ホスピスの母」と呼ばれている方の言葉を二つ紹介します。

 ――あなたはあなたのままで大切です。あなたの人生に最後の瞬間まで大切な人です。ですから,私たちは,あなたが安らかに死を迎えられるだけでなく,最後まで生きられるように最善を尽くします。

 いまだにホスピスは「死を待つところ」と言われることがあります。それは大きな間違いで,患者さんは亡くなる最後の日まで生きるわけです。我々の病棟は,患者さんたちが最後の1日,1週間を生き抜く場所です。亡くなるその日まで,少しでも多くの苦しみが取れるように最善を尽くします。ですから,我々は生きるためにいつも患者さんのために役立とうと考えています。

 もう1つ言葉を紹介します。

 ――人がいかに死ぬかということは,残される家族の記憶の中にとどまり続ける。私たちは,最後の苦痛の性質とその対処について,十分に知る必要がある。最後の数時間に起こったことが,残される家族の心の癒しにも,悲嘆の回復の妨げにもなる。

 我々が患者さんの家族と信頼関係を作れなければ,亡くなられた後,ご遺族は数十年にわたって悲しまれることもあり得ます。信頼関係をつくり,少しでも少ない苦しみのなかで死を迎えることができたら,ご遺族にとっても悲嘆からの回復に大きな意味を持てます。そのためには,最後の苦痛の性質とその対処を十分に知ることが必要だと思います。

1人でも多くの僧侶を患者のもとに

 スタッフにも教え子たちにも繰り返し伝えていることですが,僕らの基本姿勢,それは「向き合うこと」,そして「逃げないこと」です。我々の仕事は大変な仕事です。日々,患者さんを看取り,苦しみの中にいる患者さんと向き合わなければいけない。でも,非常に恵まれた仕事と思う瞬間があります。それは,人間の最も美しい部分に触れることのできる仕事だからです。

 あそかビハーラ病院は小さな病院ですが,多くの見学研修者を受け入れています。この2年半で延べ2,400人の方をお迎えしました。それは,1人でも多くの僧侶にあそかビハーラ病院で臨床実習をし,多くの病院に出て行っていただき,苦しまれている患者さんのための役割があると考えているからです。1人でも多くの僧侶を僕らのところで育てて,多くの病院で苦しんでいる患者さんのもとに送り届けられること,それが我々の目標の一つです。

(スライドとともに)