大阪ロータリークラブ

MENU

会員専用ページ

卓 話Speech

  1. Top
  2. 卓話

卓話一覧

2016年7月15日(金)第4,588回 例会

蚊の用心

上 山  直 英 君(医薬品工業)

会 員 上 山  直 英  (医薬品工業)

1951年生まれ。’74年慶應義塾大学商学部卒業。’74年(株)三和銀行入行。’84年大日本除虫菊(株)入社,’90年同常務取締役,’95年代表取締役専務,’97年代表取締役副社長,’99年代表取締役社長,現在に至る。日本家庭用殺虫剤工業会会長。生活害虫防除剤協議会副会長。在大阪セルビア共和国名誉総領事。
当クラブ入会’99年6月。2013年度幹事。

 近年話題のデング熱とジカ熱の説明と,蚊の生態と予防,蚊に関してよく言われることについてお話しします。

デング熱とジカ熱

 デング熱は,日本国内では2014年,約70年ぶりに海外渡航歴のない人が162人発症しました。それまでも海外で感染して国内で発症する「輸入感染」の患者は毎年200人ほどいましたが,突然国内で発生した原因は不明です。昨年は国内での発生はなかったものの,’14年に中国で4万5,000人,’15年には台湾で4万人規模の発生があり,注意が必要です。

 ジカ熱は,日本での輸入感染は’15年までに3人,今年は7人です。感染地域は急激に増え,今年6月半ばで63の国と地域で流行しています。最も患者が多いのはブラジルで,オリンピックに備えて早く抑え込まないと,世界に感染が拡大する可能性があります。

 デング熱とジカ熱を媒介するのはネッタイシマカとヒトスジシマカの2種類です。ネッタイシマカは日本では1970年以降,生息が確認されておらず,日本で注意が必要なのはヒトスジシマカです。’50年の生息の北限は栃木県でしたが,2010年に青森県の南と生息範囲が拡大しています。

 デング熱とジカ熱は感染しても80%の人は症状が出ません。これが厄介で,自覚症状がない人を刺した蚊が,別の人を刺して感染が広がる可能性があります。発症までの潜伏期間は3日から2週間弱で,デング熱は高熱が出ますが,ジカ熱は38.5度以下の発熱です。症状が似ていて頭痛,関節痛など体の痛みを伴います。デング熱は重症化すると死ぬ可能性がありますが,ジカ熱による死亡例は少ないそうです。いずれもワクチンはありません。

蚊の生態と対策

 蚊が媒介する感染症には,厚生労働省が感染症予防法で届け出が必要と定めている11種があり,輸入感染を含めて日本人の患者が発生しているのは,デング熱,日本脳炎,ジカ熱,チクングニヤ熱,マラリアの5種です。

 蚊によって媒介する感染症が異なるため,防除には蚊の種類と生態を知ることが大事です。マラリアを媒介するハマダラカや日本脳炎を媒介するコガタアカイエカは夜に活動するため,ベトナムでは夜に蚊帳をつりますが,デング熱やジカ熱を媒介するヒトスジシマカは昼に活動するので,夜の蚊帳は対策になりません。デング熱の予防で下水やドブ掃除を徹底するのも間違いです。アカイエカはドブや排水溝に発生しますが,ヒトスジシマカはより水がきれいなところに発生するからです。

 蚊の生態研究を生かして大掛かりな対策が実行された例に,約100年前のパナマ運河の建設があります。黄熱とマラリアで建設関係者が2万人以上亡くなり,8年で工事が中止されました。マラリアの語源はマル・アーリア(悪い空気)というイタリア語で,それまでは夜の霧がマラリアを運ぶと信じられていたのですが,蚊がマラリアを媒介することが証明され,徹底した蚊の退治が始まりました。土の道を舗装したり,飲み水用として屋外に置かれていた水がめを撤去するために水道を敷設したりした結果,黄熱やマラリアによる死者は10分の1に減り,運河は完成しました。

日本発の産業

 蚊取線香やマット,液体蚊取りなど,家庭用殺虫剤の大半の製品が日本で開発されました。戦前は,除虫菊の花の粉末やエキスをそのまま有効成分に使っていましたが,現在では花に含まれる成分を化学合成し,様々な虫に対応した製品の開発が可能になりました。成分開発の面でも日本は非常に大きな貢献をしてきました。明治以降,世界から新しいものを取り入れ,それを手本に発展した産業は多いですが,家庭用殺虫剤は日本で独自に開発され,世界へ出ていった数少ない産業です。

 蚊について,①男のほうが蚊に刺されやすい,年をとると刺されない②服の色が関係する③剌されやすい血液型がある,との説があります。蚊が誘引される要件は体温と炭酸ガス,汗などに含まれる乳酸の3つで,女より男,子供より大人という話は,この3つの排出量の違いです。年をとると刺されにくいのは,3つの排出量が低くシワがあるからです。

 また,服の色が黒,青,赤,褐,緑,黄,白の順に刺されやすく,色の黒い人は刺されやすい,などと言われますが,昆虫は,波長の長い方の赤はあまり見えない一方で,紫外線に寄った光はよく見えるなど,人間と昆虫では見ている色が違います。色がどの程度関係するのか,本当はわかりません。

 血液型による違いの説の根拠は,’72年にWoodという学者が,吸血した蚊の腸内にある血液型を調べた結果,O,B,AB,Aの順で多かったと報告したのが最初です。しかし,4年後に別の学者が「Woodの実験は再現できないし,誤りがある」と主張しました。性差,年齢,色,血液型については,「そういうこともあるかもしれないが,決定的なものではない」というのが結論です。

 「蚊に食われたほどのこと」と言うように,大層なことではないと考える人もありますが,それは健康な大人の理屈です。2015年のWHOの報告では,マラリアによる死者43万8,000人のうち5歳以下の死亡は30万6,000人で,70%が乳幼児です。体力がある人は,蚊による感染症にかかっても回復できます。風邪を引いたのかなと考え,生活を続けるかもしれません。しかし,そういう人がウイルスのキャリアになって知らないうちに感染症を広げることを考えると,自分は平気だからいいだろうということにはならないのです。

(スライドとともに)