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2015年10月30日(金)第4,555回 例会

知の越境と新産業の創造~
ELP:京都大学の新しい試み

山 口  栄 一 氏

京都大学大学院 思修館 
教授
山 口  栄 一 

1955年福岡市生まれ。’77年東京大学理学部物理学科卒業,’79年同大学院修士課程修了,’84年理学博士(東京大学)。’79年電電公社入社,’85年NTT基礎研究所主任研究員・主幹研究員,’93~’98年仏IMRA Europe 招聘研究員,’99年経団連21世紀政策研究所主席研究員・研究主幹,2003年同志社大学大学院教授,’14年から現職。近著に「イノベーション政策の科学」。

 私は物理学者で1990年代はNTTの基礎研究所にいました。約5年間はカンヌの研究所に行き,’98年に帰国して驚きました。不況の真っただ中で,ほとんどの大企業が研究所を閉じていたのです。NTTも基礎研究所が半分ぐらいになりました。日本のイノベーションは10年後,大変な時代が来ると思っていたら,もう立ち行かなくなっています。

文系, 理系ごちゃまぜ

 私は同志社大に請われ,ビジネススクールでどうすれば産業を盛り立てることができるのか,ということをずっと研究しており,昨年,京大で新しい大学院をつくったので来てほしいと言われました。それが「思修館」です。文系と理系を全部ごちゃまぜにして教えるのです。学生も文系,理系が半分で,そういう環境の中で「知の越境」をさせながら,新しい産業をつくろうという考えです。

 去年の新聞記事で,カーライルグループのルーベンスタインさんがこう述べています。アメリカ人はよくこういうことを言います。

 「以前は,日本にもすばらしい起業家が多くいたが,最近は少ないようだ。才能ある起業家はいるが,多くはない」

 なぜ日本はベンチャー企業ができないのかというと,「日本の文化的な問題が背景にあると思う」。これは累計的な意見だと思いますが,私は,むしろ制度的な問題であることを証明したいと思い,分析してみました。

 まず,世の中の学問を39個取り上げ,コンピュータで学問間の距離を測りました。例えば,数学と哲学の両方を論じる論文はいくつあるか,などをカウントし,図にまとめました。中心部分は数学,物理学,化学,哲学,経済学,法学のようないわゆる基幹学問群になります。この周りにクラスターがあり,一番上に医学,左側に工学,右側に経営学,人文社会科学,下部に地学が文系と理系にまたがるという構造になります。

戦略性のない日本

 次に,米国ハイテクベンチャー企業の代表者を分析してみました。米国では驚くことに,連邦政府が毎年,2,000億円を出してベンチャー企業を支援しています。SBIRと呼ばれる制度で,1社当たり1億円あげるのです。従って,毎年,2,000社のSBIR企業が生まれます。この代表者の大学院の出自を調べた結果,化学の博士号を持っている人が一番多く11%,物理学が10.54%,それから生命科学と生物学を足すと12.4%と多数派になりました。理学系の学問群の人が会社を興していることがよくわかります。

 また,SBIRには約4万人の代表者がおり,74%の人が博士号を持っていました。4万人から5,639人を選び出して,どこの学問群に一番近いかを調べると,生命科学の周りに集まっていました。米国は戦略的に「バイオ産業」を育てようとしているわけです。大学の無名の科学者たちに,もう研究者になってくれるな,イノベーターになってくれと,お金を与えているのです。米国が非常に戦略的な国ということがわかります。

 一方,日本は全くこういう戦略性がありません。博士号を持っている人のほとんどが工学博士です。というわけで,日本もどうすれば新しい産業,特にバイオ系の産業が生めるのか。やはり中小企業が頑張らなくてはいけない。大学の知恵を上手に中に取り込みながら,あるいは大学の知恵を持っている人間が会社を興すようなシステムをつくる必要があるのです。

 日本の大学のポジショニングも分析してみました。東大はすごく工学に引っ張られています。東大はある意味,日本の縮図といえます。横国大や東京理科大も東大の近くにあります。京大は非常に不思議で,文系に引っ張られながら,かつ生命科学に引っ張られており,独特のポジションにあるのがわかります。

新産業をつくる種に

 さて本題ですが,私たちは「京都大学エグゼクティブ・リーダーシップ・プログラム(ELP)」をつくりました。京大は今まで,若者にしか教えてこなかったわけですが,それを広げて,エグゼクティブの方を集め,全分野の教養と知恵を教えようという試みです。

 コンセプトは「務本(むほん)之学」で,本質を務むるの学という意味です。学問,科学がものすごく細分化して,全部習えないと思っておられるでしょうが,そんなことはありません。本質は1つです。文系と理系の知恵を勉強することを通じ,新しい産業をつくる種になってほしいと思っています。

 「京(みやこ)八思」というのもコンセプトです。世界の中心の京都で,8つの思想(人文・哲学,経済・経営,法律・政治,異文化コミュニケーション,理工,医薬生命,情報・環境,芸術)を教えていこうという考え方です。

 どんな方が教えているのか簡単に紹介します。芸術では,茶道の千玄室さんや華道の池坊由紀さん。哲学は,京都学派,あるいは西田哲学の正統的な継承者である京大の藤田正勝先生です。国際政治は中西寛先生です。これからの日韓,日中関係や,安保法制論議はどう解釈すればいいのかを本質から教えてくれました。このほかに京大の山極壽一総長や川上浩司先生らもいます。僭越ですが,私は,イノベーションはどうやって生まれるのかということを教えています。

 毎週土曜日,医学部の中の「橘会館」で授業をします。京大総長旧官邸で,2階建て800坪のお屋敷です。入学すれば,ここでゆっくりくつろいだり,会議をしたりと自由に使っていただきます。皆様方,ご興味がありましたら,私に連絡をいただければと思います。

(スライドとともに)