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2012年3月30日(金)第4,388回 例会

働く人のメンタルヘルスと事業者責任

岡 田  邦 夫 氏

大阪ガス(株)
健康開発センター統括産業医
岡 田  邦 夫 

1977年大阪市立大学医学部卒業,’82年同大学院医学研究科終了。同年大阪ガス(株)産業医,健康開発センター健康管理医長,’06年同社人事部健康開発センター統括産業医,現在に至る。現在日本陸上競技連盟委員,など数々の役職を務める。

 30年,産業医をしています。生活習慣病対策,IT化によるストレス対策から,現在はメンタルな問題が増えました。うつ病だけではなく,適応障害という問題も出てきました。さらにパーソナリティーの問題が非常に大きくクローズアップされています。

健康管理は企業のリスク回避

 うつ病,精神疾患に関しては,司法判断も厳しくなり,企業の対応が非常に難しくなってきています。初期対応を誤ると極めて重大な企業リスクを招きます。きちっとした労働衛生教育,管理職に対する研修が必要です。

 現在,心の健康問題を抱えておられる方は約100万人を超えています。自殺者も平成10年から3万人を超え,先進国の中では異常な状態です。厚生労働省の調査では,20~39歳の死因の第1位が自殺です。15~19歳の死因の第1位も自殺です。現在労働者の約6割が強いストレス,悩みを持っているという調査結果も出ています。

 健康問題は司法でも,企業に対する賠償責任である,もしくは債務不履行の問題である,不法行為責任である,という判例が出ています。いかに企業のリスクを回避するか,企業のリスク回避は働いている方の健康を守ることにもつながるので,企業のリスク体制,特に健康に関わる問題を見据えて対応しなければいけない時代になっています。

若者への対応

 現代の若い人は,自己愛を中心とした性格傾向が非常に強い。ナルシシズム,いわゆる自分が世界の中心という考えが増えています。親の育て方にも関係があると思いますが,すべての選択肢を与えてしまっています。

 私どもは,病気になられた方へ,復職時は会社が二つの選択肢を出し,どちらかを選ばせる形で支援します。「何がしたいか」と漠然と選択肢を与えると,再発する可能性が高い結果を得ていますので,若い人には会社としての方向性を示すことが重要です。あまりにも選択肢が増えてきたので,どれを選ぶかで悩んで病気になるという方が増えています。

 ここで問題となっているのは,自己愛性パーソナリティー,回避性パーソナリティーです。ホームページで自分を全世界にアピールできるということで,極めて価値観が変わってきています。非常に視野が大きくなってきている一方,足元に関しては極めて視野が狭窄している。そういう方が企業に入ったとき,迷って結果として心を病むということが起こっているのではないのかと思います。

 さらに上司のしかり方も重要です。現在ではパワーハラスメントという言葉が使われていますが,しかるにも一定のルールが必要です。昔,自分がしかられたように若い人にしかったところ,パワハラだと訴えられたという例が増えています。その言葉でもってうつ病を発症するという方が増えています。

複雑化する雇用形態との関連

 もう一つの課題に,雇用問題があります。雇用形態が複雑になり,派遣労働,請負業務への指揮命令権と安全配慮義務が複雑に絡み合っています。通常は請負業務に対して健康管理の義務は付随しないのですが,請負業務従事者に対して命令をした場合には,自動的に安全配慮義務が付加され,健康に対する配慮義務が発生します。

 請負業務の従業員に対して本社が残業,海外出張を命じた事例があり,結果として,過重労働によってうつ病を発症し自殺したという事件がありました。労働形態といわゆる指揮命令権の問題がクローズアップされ,東京地裁ではこのような長時間労働を命じた企業に対する責任を認めた判例もあります。

 私たちが研修医のころは,月に100時間ぐらいの残業というのは特に問題なかったわけで,土,日も働いていたのですが,現在では週40時間を超える時間外労働,休日労働も含めて100時間を超えた場合,翌月に発症した脳・心臓疾患事故,うつ病,自殺,心筋梗塞等については,すべて業務上疾病と認定されるようになりました。企業は働く人の健康管理を怠ることなく,またトータルとしてのマネジメントが,今の社会,企業には求められていると思います。

企業の義務

 日本は世界の中でも非常に稀な国で,企業がお金を出して従業員の健康診断をする,なおかつそれには罰金刑まで決めているという,極めて強制法規的な労働安全衛生法という法律があります。昨今では,さらに高齢者の医療の確保に関する法律ということで,メタボリックシンドロームに対しても,特定健康診査というものを医療保険者に義務づけるようになりました。心だけではなく,体の健康管理も,今後の企業のメンタルヘルスにおいては極めて重要な課題です。

 大阪大学法学部の水島先生が,企業の五つの義務を明らかにしています。1,作業環境整備義務。働いている方の環境を安全にしましょう。2,安全衛生実施義務。きちっとした安全配慮の教育をしてください。3,適正労働条件措置義務。適正な労働条件を講ずること。4,健康管理義務。きちっと健康診断を行うこと。5,適正労働配置義務。健康診断を実施することで,行ってはいけない仕事は当然明らかになります。専門家の判断のもと,一定期間はこの仕事をしてはいけないということを決める,です。

 30年産業医をしていると,現代は,時代の流れにうまく乗れない人が心や体を患っているのではないかと思います。働いている方の今後の成長を考えた場合,企業がきちっとした体制で支援することが,企業の成長にもつながると考えています。