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2012年2月10日(金)第4,381回 例会

海に潜るマシンについて

前 田  俊 夫 氏

株式会社MHIシーテック
代表取締役社長
前 田  俊 夫 

1975年3月東京大学工学部船舶工学科卒業。’77年3月同上修士課程卒業。同年4月三菱重工業株式会社入社,神戸造船所艦艇設計課配属。以降,潜水艦,潜水機種の設計に従属。’03年4月三菱重工業神戸造船所潜水艦部長。’10年6月より現職。

 最初にお願いがあります。潜水艦になじみのない方は,「潜水艦が沈む」と言われるのですが,違います。石ころでも水に入れたら沈みます。潜水機種は「潜る」です。意思を持って「潜る」。乗員も我々も,沈むという言葉は非常に嫌います。(スライド使用)

どうやって「潜る」か

 潜水機種がどのようにして潜るかを説明します。まず,「中性浮量」。重量と浮力がつり合うということが大事です。アルキメデスの定理で,浮いてる物体の水中の体積に海水比重を掛け合わせたものが浮力になります。「さあ,潜ろう」となると,内部のタンクをベントして空気を追い出して注水します。そうすると,耐圧殻(こく)の部分だけがボリュームが変わらずに,非耐圧の部分は海水が入ってきて,それで重量と体積に比重を掛けた浮力が釣り合うということになります。

 また,潜水船にはバラスト(重り)タンクがありまして,空気を張っています。そうすると水面下のボリュームプラス下降分の重り,それから上昇の重りを二つ抱いております。この状態でバラストタンクをベントすると海水に入れかわって,浮力を失って負浮力で降りていき,海底付近で下降用のバラストを離してやると重量が軽くなるので,中性浮力になる。これで海底付近を自由に動き回ることができる。調査などが終わると,上昇用のバラストを離して,海面まで上昇します。

「しんかい2000」の思い出

 多くの潜水機種に取り組みましたが,個人的に思い出深い船があります。「しんかい2000」。昭和56年,私が入社して最初に本格的に担当した船です。我が国で本格的な潜水船は,ここから始まっています。昭和56年10月引き渡しでした。実は9月引き渡し予定でしたが,1カ月遅れました。理由は7月16日。2,000メートル潜るというときです。私はテストパイロットでした。少し前から「絶縁低下が起こる」,「あんまり調子よくない」ということがあったのです。潜っていて,1,000メートルを超えたあたりで耐圧電線ケーブルが100気圧の海水に耐え切れずにショート。その瞬間ブレーカーが飛んで,船内真っ暗になってしまいました。

 潜水船の設計は必ず二重,三重系になっていまして,すぐ応急バッテリーに替わります。洋上の母船に「ブラックアウトしたが,応急電源に切り替わっている」と連絡したのです。そうすると,洋上は非常に驚いて「何が起こったんだ」と。それで「電源がついた」と言ったんで,「続けて潜りなさい」という指令が来ました。ところが,主電源が一度切れたら,磁石で止めてある重りが全部落ちてしまい,潜りたくてもどんどん上がっていくんです。そんなことは皆わかっていますが,発せられた最高責任者からの言葉は「さらに潜り続けろ」。いくら専門家が集まっていても,とっさのときは間違った判断になるというのが非常に印象深い勉強でした。

幅広い用途

 潜水船には多くの用途があります。海底の財宝を狙う,ということもその一つです。最近ではトレジャーハンターによる旧日本軍の潜水艦「伊52号」の引き揚げがありました。伊52号は特殊任務でドイツに向かう途中,大西洋で米軍の攻撃を受け5,000メートルの海底に沈没しました。2トンの金塊を積んでいた,とされていました。日本政府は「英霊の墓標として引き揚げには反対」と表明しましたが,計画は実行に移されました。

 どんなものが回収されたかというと,錫のインゴット。さらに格納容器の中には,金塊かと期待したら,何とアヘンが入っておりました。悪い意味で使われるのかどうかはわかりませんが,こういうものをドイツに運んでいたんだなということがわかりました。アヘンを持って帰ってもしかたがないので,そのまま海中に投棄したということです。

 我々も様々なものをつくってきましたが,深さや用途でいろいろな種類があります。例えば,完全にオートノマスなロボット「うらしま」。燃料電池を搭載しているので長く走ることができます。平成17年の2月26日から3昼夜,26日の7時から28日の16時まで,連続航走距離317キロを達成しました。浚渫ロボット「ふたば2号」は,福島第1原発付近の岸壁を浚渫するロボットで,その名前も地元の双葉地区から名づけられていますが,津波で持っていかれました。

若者たちへ

 潜水機種のわが国の工業基盤は,石油掘削もあまりありませんし,ほかの海底資源もあまり興味がありません。防衛関係は武器三原則で国内市場しかありません。かなり閉鎖的です。ですから,量産機種がほとんどない。さらに新造の機会や代替建造の頻度が非常に少ない。その結果,製品価格が安くならないので,海外製品に淘汰されてしまう。そのため,技術力やメーカー,そして,一番大事な人も育たないということが続いてきました。しかし,近年海洋法も成立しているので,今後我が国の海洋資源開発,防災,海底地震,津波など,海洋産業の重要性が再認識される時代に来たかなと思います。

 35年間,水中のことばかりやってきましたが,海中の3次元空間を相手にする潜水機種は技術者にとって非常におもしろいです。以前,大阪大学で講義したとき,学生たちに「社会に出たら,自分のつくり出す製品を愛してください。愛するモノのためなら,その仕事は決して辛くも嫌いにもならないでしょう。ぜひとも好きな仕事に思いっ切り打ち込んで,すばらしい製品をつくり出してください」と伝えました。