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2012年1月20日(金)第4,378回 例会

ドイツのエネルギー政策

Alexander Olbrich 君(外交官)

会 員 Alexander Olbrich  (外交官)

1950年9月生まれ。’79年ミュンヘン大学にて化学博士号取得。’79-’81年京都大学にてポスドクフェロー。’81年ドイツ外務省入省。’83-’85年在京大使館。以降ギリシャ,オランダなどに赴任。’05-’09年本省(ベルリン)にて軍縮・軍備管理局生物化学兵器部局長。’09年7月大阪総領事現在に至る。
当クラブ入会:2010年9月。

 ドイツのエネルギー政策については,特に福島の原発事故の後,多くの皆様が関心をお持ちと思います。2022年までに原子力エネルギーから完全撤退するという決議をするなど,ドイツでは他の国々に比べて,より根本的な政策転換が引き起こされました。本日は,こうしたことと,将来ドイツはどのように電力を賄うつもりなのかということについてもお話しします。(スライドとともに)

脱原発の経緯

 ドイツが初めて原子力エネルギーをつくったのは1957年の研究炉で,62年に最初の商業炉が運転を開始しました。70年代初頭の石油危機により,本格的な原発建設ブームが起こりました。しかし,75年には既に新しい原発に反対するデモが始まりました。そして,79年のハリスバーグの事故(スリーマイル島原発事故)があり,何より86年のチェルノブイリの事故で中央ヨーロッパの大部分が汚染されました。以来,新しい原発は着手されていません。

 98年に選ばれた社民党と緑の党の連立政権は,ついに原発からの撤退を決定しましたが,2010年のキリスト教民主同盟と自民党の連立政権のときに多少後退しました。11年の福島の事故の後,同じ政権でドイツ連邦議会の全政党の同意のもと,脱原発路線が再び先鋭化されました。8基の原発が即座に停止され,残る9基も22年までに段階的に電力網から外れます。

 今後10年以内に完全に原発を止めるという11年のエネルギー構想は,新しいものではありません。基本的にはチェルノブイリ事故の後,特に98年の社民党と緑の党の連立政権時から模索されていました。福島の事故で,この動きが大幅に加速したのです。

再生可能エネルギーへのシフト

 脱原発で減少するエネルギーは,どこかで補わなければなりません。大部分を再生可能エネルギーの拡大と,電力網の更新,エネルギー効率の改善によって賄おうとしています。移行期は,風力や太陽光発電による供給の不安定さを緩和するために,新たな化石燃料の発電所も必要になります。総発電量を見ると,石炭と褐炭は合わせて42%,天然ガスは14%を占めています。原子力は10年の時点で23%。再生可能エネルギーは既に約17%と,比較的重要な意味を持っています。連邦政府の新しいエネルギー構想では,再生可能エネルギーの割合は,20年には35%とされています。30年までに50%,50年までには80%を目指しています。

 エネルギー構想を追求していく中にあっても,ドイツのような人口密度の高い工業国では,エネルギーの安定供給が重要で,決して停電を起こしてはいけません。価格は高くなってはいけませんし,企業の競争力も維持しなければなりません。新しい電力網も必要です。再生可能エネルギーからの発電量は,風力が最も多い41%,バイオマスが32%,水力が20%です。水力はドイツの地理的条件から拡大するのは不可能です。太陽光の割合は7%と低くなっています。風力と太陽光は,過去20年間目覚ましい発展を遂げましたが,ドイツでの太陽光発電への補助は,全体として多すぎると思われます。ドイツは比較的北国で天気が悪いことも多く,南欧や北アフリカなどに比べると,あまり太陽エネルギーの利用には向いていません。

 ドイツでは地理的条件が合わないためあまり盛んではありませんが,日本で有望と思われる再生可能エネルギーが,地熱エネルギーです。日本はほとんど資源がないので輸入するしかないとよく言われています。しかし,この国は無尽蔵の地熱エネルギーの上に存在しており,このエネルギーはこれまでほとんど利用されてきませんでした。しかし,アイスランドでは電力,給湯,暖房は今日既に100%,水力と地熱で賄われています。

これからの可能性と課題

 エネルギーシフトには大きなチャンスがあります。手工業,建設業界,エネルギー業界,エネルギーの節約や再生可能エネルギー利用のためのサービスを提供する業界,そのための設備を製造する業界などに恩恵があると考えられます。ドイツでは既に再生可能エネルギーの分野で37万の雇用が発生しました。これは04年から129%の増加です。ドイツ企業は再生可能エネルギーの分野では国際的にトップレベルです。売り上げは,05年の86億ユーロから10年には253億ユーロに伸びました。ドイツ企業は,太陽光,太陽熱,風力,水力発電の分野では,既に世界市場のシェアの20から35%を占めています。エネルギーシフトは,この分野のさらなる成長に大きく寄与するものと思われます。

 残念ながらマイナス面もあります。少なくとも中期的にはドイツがエネルギーを輸入に頼ることになる危険性や,電力のコストと二酸化炭素の排出が上昇する危険性があります。放射線は国境で止まることはありませんので,ドイツが脱原発を進めたとしても,近隣諸国の原発事故で被害に遭う可能性もあります。分散型の発電によって,発電や送電のための施設がこれまでより目につきやすくなり景観が損なわれます。風や太陽は不確実性が高いので,安定した電力網を確立するためにはスマートグリット(次世代送電網)に投資をしなければなりません。今後10年で,ドイツの脱原発と再生エネルギーヘの転換が成功し他国の手本となるか,懐疑主義者が言うように,欧州経済のパワーハウスとしての地位を失うのかが明らかになると思います。

 それにしても,日本や他の国々は,ただ成り行き任せにしておくだけの余裕があるのでしょうか。